Type Project —visible, but invisible.

2004年12月31日 金曜日

今年もまた文字を作りながらの年越し。除夜の鐘とともに煩悩を打ち消すように漢字を作るというのも乙なものだ。

2004年12月30日 木曜日

宛名書きを半日かかってやり終える。書体制作とアイデアスケッチ。文字数のプレッシャーに克つためにはとにかく作り続けるしかない。上々のペース時は波乗り感覚、遅れ気味のときはねじ伏せるように進んでいく感じ。今は後者。ねじ伏せられないよう確かな足取りで進むのみ。

 初雪の光朝茶に射しにけり    茶門

2004年12月29日 水曜日

東京初雪にして積雪。五反田にて仕事の打ち合わせ。ロゴタイプでもタイプデザインでもない新種の書体制作分野になるかもしれない。年末年始をまたぐ短期決戦、未知の領域を前に身が引き締まる。池袋無敵屋でのうこく麺を食べる。

 大股に人いそぎゆく雪の暮    茶門

2004年12月28日 火曜日

夕方から代々木八幡へ。エディトリアルデザイナー鶴さんの仕事場を訪問。仕事場といっても単なるデザイン事務所ではなく、WEB、プロダクト、エディトリアルなど異なるデザイン領域のチームが四組集まりひとつ屋根の下で仕事をするという、言わば共存共栄型のワークプレイスである。駅からごく近いのでアクセスに好都合、そしてもと倉庫というだけあって天井が高い。一時間ほど雑談したのち辞去し、東北沢の居酒屋で神谷町時代の友人と小納会。いつも声援を送ってくれるこの二人の存在は本当にありがたい。

2004年12月27日 月曜日

多摩美の大学院生が私の仕事場を訪ねてやってきた。あのように切迫した面持ちでアポイントを求められたら断るわけにはいかない。意識して仕事場に人を入れないようにしているわけではないのだが、こちらから出向く打ち合わせが多いので、仕事のパートナーや親しい友人、一部のクライアントを除いてはこの仕事場に足を踏み入れた人はごくわずかしかいない。そんなわけで学生さんがやってきたのは今日が始めてである。一年が閉じようとしているこの時期に、もうすこし扉を開けておくべきなのかなと思わせてくれた馬場君、門戸をこじあけてくれてありがとう。一条の光が見えました。

2004年12月26日 日曜日

家人は出かけ、集中力が削がれるような電話やメールもなく、書体制作と読書に耽る。そして夜は更け年が静かに暮れていく。来年に思いを馳せながら。仕込みと支度の年になるかな。

2004年12月25日 土曜日

書体制作の合間に、子供のリクエストに応えて贈ったクリスマスプレゼントで遊ぶ。おばけ屋敷ゲームというのがなんとも‥‥

2004年12月24日 金曜日

年末だからといって大掃除して捨てる物はなく、イブの夜だからといって特に欲しい物もない。ブツ欲よりコト欲。来年はコトに対して欲深くありたい。

2004年12月23日 木曜日

夜中や休日に仕事をしないようにしないといけないなと思いつつこの忙しい時期にそれを実行できるはずもなく、なんとか深夜に本日分をやり終えシャットダウン。2005年は仕事のスタイルやシステムそのものを見直すべき年になりそうだ。

2004年12月22日 水曜日

仕事の打ち合わせが延期になり終日書体制作。多摩美が終わって張りつめていた糸がすこし弛んだような気がする。お腹がゆるいのは風邪のせい。コーヒーを自粛してココアを飲む。

2004年12月21日 火曜日

多摩美グラフィック二年生「タイポグラフィの基礎実習」最終日。組版課題の講評会。そして打ち上げ。二年間この学校でやってみて、私自身が取り組まねばならない課題がすこしずつ見えてきた。薪をくべ続けること。わずかながらともりはじめている灯りを消さないこと。

2004年12月20日 月曜日

腰とお腹が弱っていて体に力が入らない。気休めにサロンパス。二週間アメリカに滞在するダニエルさんからイモリ二匹と金魚一匹を預かる。終日書体制作。

2004年12月19日 日曜日

昼から飯田橋の印刷博物館へ。多摩美グラフィック有志15人と印刷工房での課外ワークショップ。二人一組になり、指定原稿に従って和文縦横二行ずつと欧文二行の組版を行なう。スペーシングを施してハガキに印刷。二時間弱の短い時間ではあったが、組版の緊張感と印刷の達成感を味わってもらえただろうか。『ドイツの最も美しい本』展を観たあとギャラリーに残っていた10人とコーヒーブレイク。

2004年12月18日 土曜日

ごたごた荘冬まつり。昨晩のバトルでへろへろになりながら子供たちの出し物を観る。おでん。書体制作すこし。熟睡。

2004年12月17日 金曜日

勝鬨の立飲みカウンターで三つ巴戦。KO負け寸前、かすかな理性を頼りに家路につく。書体制作。

2004年12月16日 木曜日

今年の年末は、体調を崩しかけた翌日に飲むという巡り合わせになっているようだ。それでどういうわけか崩れかけていた体調が翌朝には戻っていたりする。ビールをほんの少しで切り上げて泡盛をロックで三杯が必勝パターン。飲み比べをする歳でもあるまいし、別に勝たなくてもいいのだけど、もう一杯、もう一軒の誘惑に負けてはならない。12月の戦績は5戦無敗。明日の対戦相手が手強い。

2004年12月15日 水曜日

多摩美グラフィック講評会。講評後に残っていた学生数人と橋本の居酒屋で軽く一杯。昨年教えていた生徒も同じ酒場に居合わせ、短い時間ではあったが最後に二年生と三年生が合流し顔合わせ。彼ら彼女らの交流のきっかけになればいいな。

2004年12月14日 火曜日

今年一年は無駄なく過ごせた。しかしその無駄のなさ加減がよかったのかどうかというと若干疑問は残る。何かが入り込む余地を作らなさすぎたかもしれない。遊びの足りないハンドルが危険だと承知はしていても、直線をずっと走り続けているとそのことをすっかり忘れてしまうのである。車のメンテナンスも怠りがちだったし、年末はひと休みして心身の点検をしておいたほうがよさそうだ。

2004年12月13日 月曜日

体調維持を心掛けているのだが、寒暖の差が激しいせいかどうにも不安定な健康状態が続いている。こういうとき通勤ラッシュの電車に乗らなくてもよい境遇はありがたい。進行状況と残り文字数を確認し、一日あたりのノルマを調整する。終日書体制作。

2004年12月12日 日曜日

寝違えて首がまわらない。そのせいでむしろ普段より良い姿勢でコンピュータに向かっている。遅れを取り戻すべく終日書体制作。

2004年12月11日 土曜日

帰京。全身に疲れが充満している。しかし嫌な疲れかたではない。充実した疲労感とでも言おうか。気を抜くとそのまま一気にしぼんでしまいそうなので、しばらくは張り詰めたままいく。

2004年12月10日 金曜日

名古屋某所にて文字のユーザビリティ調査。被験者からのフィードバックを書き留める。収穫多し。

2004年12月09日 木曜日

正午すぎ名古屋に到着。藤が丘でタカシと昼食をとったあと愛知芸大へ。午後六時すぎまで大学院生の研究経過報告会に立ち会う。ナイーブな感性を育みながらもタフな心性を培ってほしい。案ずるより生むがやすし。なんて書いている本人が生みの苦しみに直面しているのだけれど。

2004年12月08日 水曜日

今日はノンアルコールと決めていたのに向かいに座ったツルちゃんが焼酎をぐいぐいやっているものだからつられてこちらも焼酎をぐいぐいデザイン談義。終電にはなんとか間に合った。

2004年12月07日 火曜日

風邪菌がいきなりお腹にきたらしく膨満感と嘔吐感に苛まれる。6日にデータを送ってきて10日必着と指示してきた『フォントスタイルブック』の元データに誤りがあるとの連絡。早々と仕上げて送ったあとの知らせだけに脱力。

2004年12月06日 月曜日

四つの仕事が平行している。うち二つは急ぎ、『フォントスタイルブック2005』のデータ作成と某社ロゴタイプのデザインを終日。

2004年12月05日 日曜日

先週は新しい出会いと予期せぬ再会が一気に押し寄せた。胃腸の弱い私は、どれ一つとして消化しきれないでいる。東京25度、瞬間最大風速40メートル。12月としては観測史上最高最大らしい。今の私の心も、熱帯低気圧が通り過ぎた直後のような感じだ。強い風が残っているけれど、雲はなく青空が広がっている。

2004年12月04日 土曜日

女子美主催『タイポグラフィ・タイプフェイスのいま』シンポジウム終日。このシンポジウムが何かの契機になることを期待したい。「これまで」から「これから」へ。これからの人がこれからのことを考えればいい。今では遅すぎる。未だ聞こえざる音を聞くこと。歴史認識と未来志向を両立させること。

2004年12月03日 金曜日

朝から散髪。身のうえ話しを延々と語る理髪師。ヒゲ剃りの最中などはうかつに相づちも打てない。

2004年12月02日 木曜日

五反田にて仕事の打ち合わせ。これが年内最後の受注になるだろう。しっかり眠って良い体調を維持しながらこの師走を乗り切りたい。

2004年12月01日 水曜日

プロダクトデザイナーの秋田道夫さんと表参道で初対面。ベテランボクサーと戦う三回戦ボーイのような心持ちで臨んだ。話の展開がまったく読めず、これジャブかなと安心していると突然アッパーが飛んでくる。クリンチで逃れるのが精一杯、気が付いたら終了のゴングが鳴っていた。