Type Project —visible, but invisible.

2004年10月31日 日曜日

書体制作の遅れを取り戻そうとあがいてみても、一日や二日でどうにかなるものではないのだが、やらねばさらに遅れることは確実必至。椅子に体を縛り付けるようにして机に向かう。

2004年10月30日 土曜日

アクシス社にしか請求書を発行しない月がたくさんある。つまり仕事の数が少ないということなのだが、今月はたまたま何社かの請求書が重なった。それぞれ請求書の作法が異なるため、それなりの手間はどうしてもかかってしまう。しかしその一枚一枚の金額がそれなりのものであれば、さして苦にはならない。現金なヤツと言われればそれまでだが、さんざん振り回されて結果不採用入金なしという苦汁を呑んだ経験のある人には、この「現金さ」を分かってもらえるだろうと思う。

2004年10月29日 金曜日

五反田にて仕事の打ち合わせ。紆余曲折あったこのロゴタイプも納品間近、これでひとつ肩の荷がおろせる。私が引き受けたロゴタイプの仕事のなかで、期間の長さと名称変更の回数では過去最長最多の記録である。

2004年10月28日 木曜日

いかんなこれは。この文章を書きながらも思考はつねにマイナスの方向へ流れていく。しかしまあ旅に難所は付きもの、あすの天気を憂えても仕方あるまいて。終日書体制作。

2004年10月27日 水曜日

朝の書体制作を終えて仕事場を出ようと思ったらまた揺れた。余震の回数よりも揺れが大きいのがなんとも無気味だ。今年はやたらに台風は上陸するし、天変地異に翻弄されてふと気が付けば、秋をすっとばして冬がもうそこまで来ているではないか。仕事に追いまくられたせいもあるけれど、私の実感としてはお盆から冬へ一足飛びしてしまったような気分である。

 地震(なゐ)ふりて鶏頭未だ揺りやまず    茶門

2004年10月26日 火曜日

秋の雨。入る教室を二度間違えた。一度目などは、たまたまその教室にいた私の担当している生徒に指摘されるまで気付かなかった。「先生、隣りです‥‥」。あやうく別のクラスの出欠をとるところだった。

2004年10月25日 月曜日

大きな荷物を同時に運ぶことはできない。大事な荷物であれば尚のこと、それは私にはできないし、やってはいけないぞと自分に言い聞かせる。やるのであればそれはもう今のタイププロジェクトというミニマムな組織をあきらめることを意味する。いずれにしても、書体デザインならぬ所帯デザインについては、来年以降の課題として真剣に考える必要がある。さて、誰に相談したものか。

2004年10月24日 日曜日

課題ばかりが積み残され、時は淡々刻々と過ぎていく。選択と集中について考えねばならない時期になりつつある。ひとつの書体に痴(こけ)になれなければ、完成は危うい。

2004年10月23日 土曜日

昼食後あわただしく名古屋を発ち東京へ戻る。ライノタイプコンテストで受賞した立野さんの祝賀会に参席。新しい出会いとつながりがそここで発生していたようだ。新潟で震度6強の地震が三回。我々がいた川べりのお店も実に気味の悪い揺れかたをした。

2004年10月22日 金曜日

快晴。某展示会を視察。名古屋コーチンとサザエで泡盛を呑む。

2004年10月21日 木曜日

前日の台風の影響でのぞみ自由席は満席、久しぶりに立ちの状態で名古屋まで。直樹、敬、なべさんと藤が丘で昼食。愛知芸大で自己紹介を兼ねた講義を終え、官舎で学生さんたちと会食雑談。直樹手ずからの料理に温まる。敬宅に一泊。

2004年10月20日 水曜日

台風接近のため四時限目が休講となる。帰宅指示を出された千数百名の学生がバス停に押し寄せ大行列。いっそ帰れなくなって校舎に泊りこみ、雨風が打ちつけるなかで夜学を開くのも面白いだろうなと不埒なことを考えた。何かがぐっと深まるだろうし、何かがどっと押し寄せるはずだ。

2004年10月19日 火曜日

担当クラスの生徒と帰りのバスで一緒になった。「予備校時代からAXISフォントのことは知っていました」と言う。三年前のデビュー時点でそれなりの認知度はあったのだなという思いと、もう三年もたってしまったのかという焦りが同時に走った。

2004年10月18日 月曜日

終日書体修正。ひと休みコタツで横になっていると、部屋の向こうから「ほら、おとうをこの角度から見てごらん」と妻が子供を呼んでいる。続けていわく「土左衛門みたいだよ」。ゲラゲラ笑う二人に怒る気力も失せました。

2004年10月17日 日曜日

風邪で一週間床に臥せっていた息子がようやく治ったと思ったら、今度は私の具合がおかしくなってきた。首にタオルを巻いてのどをケアする。見た目工事現場のおじさんである。いや実際、書体設計・施工の現場監督兼作業員なのだが。

2004年10月16日 土曜日

向島石碑めぐり。百花園を皮切りに、隅田川七福神を祀る神社をいくつか巡り、言問団子をほおばって店を出るころには、見事な夕焼けが隅田川の上にかかる雲を染めていた。句読点研究会の面々を中心に、最後は浅草まで歩いて蕎麦と日本酒で締め括り。

 墨堤の端から端まで秋夕焼    茶門

2004年10月15日 金曜日

なんとしても急ぎたい書体修正の作業なのであるが、ぬかるみ倒木落石が行く手を阻む。国内の自然災害死亡者の半分近くは土砂崩れによるものだという。生き埋めになどなるものか。ここの峠を越えたれば誰と盃酌みかわさん。幾人かの顔が浮かんでは消える。

 秋風や友に呼ばわる気がしたり    茶門

2004年10月14日 木曜日

多摩美の授業開始以降、木曜日の午前中を事務処理的な作業にあてるサイクルができあがってしまった。授業日誌なるものをつけなければいけないし、月火水のやり残しや取りこぼしなど、それらをやっておかないとどうにも落ち着いて書体制作などできないのである。

2004年10月13日 水曜日

朝六時半ごろ起床。さっと朝食を済ませ書体の修正作業。あっという間に学校へ行く時間になってしまう。残りの文字をプリントアウトして、車内で直す箇所に赤を入れる。このところ本を読む気がまったく起こらないので、こうした作業のネタがあると助かる。充実した気持で学生と向き合うことができるし。

2004年10月12日 火曜日

一時間半のレクチュアが終ると、息つくひまもなく課題のチェック。できた行列をさばくのに二時間。帰りの電車ではもうすっからかんの放心状態である。水分以外に補給しなければいけないものがあるような気がするのだが、それが何だか分からない。

2004年10月11日 月曜日

多摩美レクチュアの準備完了。当日トラブルがないことを祈る。私の役目は、グラフィックデザインの源流を文字に求めた河下りツアーの添乗員といったところだ。無事タイプデザインという三角州に学生を案内することができるだろうか。あまりに遥かな旅路ゆえ、あまりに色気のない景色ゆえ、200名全員を運ぶことはできまい。私を含めいつ流されるか分からない狭くて危なっかしい三角州へ、案内することさえためらわれてきた。だが、豊かで美しい三角州はきっとある。だからこそ水源地を尋ね、文字の大河を下るのだ。

2004年10月10日 日曜日

曇天ときおり小雨ふるなかごたごた荘バザー決行。子供の数が少なく売り上げ伸び悩む。書体の修正と講議の準備。

2004年10月09日 土曜日

多摩美グラフィック全体講議の準備。先月末から少しずつ資料のスキャンなどを進めていたので、今日はじっくり編集作業に取り組む。詰め込みすぎの気がしないでもないが、うまく流れに乗れれば問題ないだろう。扱う素材がすべて文字なので、メリハリという点では不安が残るものの、前編・中編・後編とPDFの内容を分けることで抑揚がつけばと思う。

2004年10月08日 金曜日

朝から書体修正。夕方からは銀座、『杉浦康平 雑誌デザインの半世紀』展へ。ギャラリートークは満員御礼、めくるめく文字と図像の世界がスライドで展開される。私の知るかぎり、グラフィックデザイナーで最もすぐれた語り部は杉浦康平氏である。古往今来、独立独歩、倫理と反骨が表裏をなし、ソフトな口調にぴりりと山椒が効いている。本展覧会のタイトル"疾風迅雷"のごとき一時間半、一気呵成。

2004年10月07日 木曜日

修正や準備や片付けや処理などをぽつぽつと。舗装しながら道を歩いているようなものだ。雑草をむしったり石ころをどけたり、それは必要にせまられてやっているわけだが、ふと木犀の香りを楽しんだりする瞬間がないでもない。

2004年10月06日 水曜日

東京デザイナーズウイークに出展するタカシが名古屋から来る。プロダクトとグラフィック、畑は違えどフリーランスで妻子持ち、非常勤で美大に関わるという共通項があり、深くうなずける部分が多い。畑が違うことでかえって知識のすくない野菜について知ることができるのも有り難い。

2004年10月05日 火曜日

ここ一ヶ月で息子の歯がたて続けに抜け、下の歯ばかりが並んで三本ない。笑うとよだれが出てしまう堤防決壊状態である。ぐらぐらのときは気分もふさぎがちのようだったが、抜けたあとは弾けるような明るさだ。あまり興奮するとまたよだれが。

2004年10月04日 月曜日

AXISフォントの購入者に昨年教えていた生徒の名前があった。だからというわけではないが、きょう某メーカーのフォントをネット経由で購入した。これまで意地になってよそのフォントを使わずにやってきたのだが、よんどころない事情で使わざるを得なくなったのだ。それで思ったのは、ネット経由のクレジット決済はやはり便利だということ。急ぎのときパソコンショップへ行かずに済むのは有り難い。気になった点をひとつ。オンラインでのユーザー登録がまずかった。「ユーザー登録処理中 しばらくお待ちください」のダイアログが出たまま三十分たっても終わらない。キャンセルのボタンがないので、おそるおそるインストーラの強制終了を試みるがそれも叶わず、最後はOSがハングして強制再起動。こういう不可解な事柄のひとつひとつが、まっとうなユーザーの購入意欲を少しずつ削いでいるのではないか。だからアクシスさん、どうかオンラインによるクレジット決済を導入してください。銀行振り込みで尻込みする人が相当数いるはずです。とりわけ冷たい雨の降るこんな日は。

2004年10月03日 日曜日

午前6時、電話の音で目が覚める。雨のためごたバザーは延期というお知らせ。鈴木家オリジナル商品の制作から実演販売のデモンストレーションまで、準備万端、気合い充分だっただけにこの雨は残念。

2004年10月02日 土曜日

イチロー、大リーグ1シーズン最多安打記録の更新なる。「細かな修正の積み重ね。気がついたらとんでもないところにいた」は、この大記録が見えはじめる以前に親しい記者と交したイチローの言葉。こんどこそ本当にとんでもないところに立ってしまった人間が次に目指すもの、そこに人々の関心は集中するだろう。しかしそれもまた細かな修正の積み重ねの結果にすぎない。実は我々の周辺にも「とんでもないところ」はたくさんあるはずで、単にそれを見落としているか、あるいは「細かな修正の積み重ね」ができないだけなのである。逆転サヨナラホームランを狙っている人は、絶対にイチローにはなれない。

2004年10月01日 金曜日

サイト開設から三年が経った。
静かな気持で書体制作に取り組み、穏やかな気持で家族と会話をし、豊かな気持で夕食を味わう。不安定な経済状態には違いないが、独立からサイト開設までに味わった不眠症の日々とは比べものにならないほど落ち着いた精神状態にある。何とはうまく言えないが、得がたい何かを三年という月日はもたらしてくれたように思う。