凶暴な風と雨が去り、午後からは湿気をともなったひどい暑さ。不思議なもので「書体制作は競泳ではなく遠泳、景色を楽しもうではないか」と書いたことで、いくぶん気が楽になった。泳いでもそんなに疲れない。泳げば泳ぐほど調子が上がってくる。物書きは書くことによって、タイプデザイナーは文字をつくることによってしか救われないということか。
釣銭をねじこんでゐる残暑かな 茶門
凶暴な風と雨が去り、午後からは湿気をともなったひどい暑さ。不思議なもので「書体制作は競泳ではなく遠泳、景色を楽しもうではないか」と書いたことで、いくぶん気が楽になった。泳いでもそんなに疲れない。泳げば泳ぐほど調子が上がってくる。物書きは書くことによって、タイプデザイナーは文字をつくることによってしか救われないということか。
釣銭をねじこんでゐる残暑かな 茶門
やたらに息つぎの多いクロール。じたばたするばかりでちっとも前に進まない。柴田亜衣選手のロケット・スパートを、野口みずき選手の大股スライド走法を思い出せ。いやいや、書体制作は、競泳や競走ではなく、遠泳か登山に近いもの。浮き輪もロープもないけれど、景色を楽しんで行こうじゃないか。
バイオリズム低調時にはなぜか俳句が慕わしい。上五以下の記憶があいまいになっていた句を確認したくて、手元の句集を出鱈目に繰ってみたら、意外にあっさり見つかった。誰の句かも失念していたのだが、「志という語が似つかわしい俳人」という探し方が功を奏した。慕わしいだけでなく、頼もしい。
志あるかに起きるすみれぐさ 安東次男
つつじの植え込みに突っ込むと猛然とやぶ蚊が襲いかかってくる。自転車で転ぶ恐怖心をいかに取り除くか、あるいは、いかに恐怖心を克服したと本人に思わせるか。補助なしで走る快感、行動半径が広がる喜びは、別世界への扉をおしあける。お借りしていた本を返却するため石神井書林へ。そのまま長居し、自宅で夕食をとる定刻を越えてしまった。門限に遅れて焦る子供のような気分で自転車を走らせる。夜は斎藤さんの送別会。おびなたさん宅に斎藤さんの友人知人その子供らあわせて40名ちかくが集まる。送りだされる側の人の人柄が、あれほど見事に反映された送別会は、ほかにちょっと思い当たらない。
心身重く、一日のノルマをこなすのが精一杯。露伴の『努力論』を読んだとて、うわの空には効果なく、渾身懇切の一語一語もむなしく馬の耳を通るがごとし。
鬼はどこにもゐる。
わきポケットにも
湯のみのなかにも
鬼などゐないといふのは ただ
みようとしてないからだ。
鬼はむかし気質の律義者。
「僕は、その、じつは、僕は、
こはくつて、こはくつてならないのです。
なにがつて、それ、ここにかうしているのが
全く、気が気ではないんです。」
金子光晴『鬼』の一節より
半日書体制作、半日マークのアイデア出し。絞ればなんとか出るもんだ。タイプデザインではちょっとあり得ないが、ひょうたんから駒が出ることだってある。磨けば光る駒かもしれぬ。
ひと山越えて気がゆるんだかうっすらと風邪もよう。季節の変わり目でもあるし用心するに如くはない。夕方からロゴマークの打ち合わせで品川へ。打開策が見出せず、引き続きアイデアを出すようにとの指示。山を越えたと思ったのは錯覚ではなく、峠をひとつ越した先に二の峠三の峠が待っていたというわけだ。茶屋で寛ぐくらいのゆとりは持たねばな。車中にて芭蕉七部集。読むたび拾いものあるはうれし。春の句なれど掲げおく。
雲雀より上にやすらふ峠かな 芭蕉
負けるときにはあれよあれよという間に負けてしまう。流れをつかむ糸口すら見出せない。おのれのすべてを賭けて臨んだ試合で、しかも負けるはずがないと誰もが思っている試合でもそういう事態は起こりうる。波乱というよりはむしろ穏やかで、さっと風が吹き抜けたような感じ。
マーク追加案の検討。書体制作。息子と夕食のおかずの買い出し。
ダニエルさんに誘われて葉山の海水浴場へ。りょうもつづきもたつきも大喜び。大人も童心にかえって蟹とりに熱中する。水温は低かったが、前方に富士を望んで海に浮かぶ気分は格別だ。こころをからっぽにしてクラゲのごとく漂へり。
日が暮れてから吹く風が涼しい。日中の暑熱がうそのようだ。夜鳴く虫の音もこころなしか秋の色を帯びてきた。終日書体制作。
会社から与えられているポジションから逸(はぐ)れていきそうでいて逸れることなく、強烈に自己を持ちつつも自己を押し通すでもなく、むしろ黒子的役割を淡々とこなすタイプの人がいる。昨晩はそんな人たちと隠れ家のような一室で酒食を共にした。飲みっぷりも語り口も実に淡々としたものである。
残暑。容赦なく照りつける日射し。早稲田通りの古本屋を巡る。活きのいいオンライン古書店におされてか、リアル店鋪の苦戦ぶりがひしひしと伝わってくる。しかしながら、切迫感より諦観がまさっているように感じられるのはどうしたことか。多くのファンの支持を受け、再建を果たそうとしている青山ブックセンターのことを思う。本はある種の記録装置には違いないが、本と本屋は記憶の装置でもある。なにが記憶されているかは再生してみないと分からない。
書体制作、マークの試作、ロゴタイプの微調整。青息吐息。新鮮な空気を吸い込む余裕がない。アテネオリンピックすこし観る。夜小雨。
書体制作とマークの試作。裏庭で線香花火。枯れ尽くしたイチジクの実。夏が果ててゆく。
長谷部さん一家来訪。さすがに小学五年生の長女ともなると、弟二人に対する言動がぴしゃりとしており、ほどよい睨みが効いている。一姫二太郎とはよく言ったものだ。そういえば我が嫁さんも一姫二太郎育ち、どおりで睨みに堂が入っている。
制作中のロゴタイプについて担当ディレクターと電話による打ち合わせを繰り返す。卓球のラリーにどこか似ていて、球を打ち合いながら微妙なフォームを修正していく。
握り飯を携えて家族で名栗川へ。川の流れに身を任せ放心す。川蝦が跳ね、鶺鴒が鳴き、鮠(ハヤ)がよぎる。みるまに心身の凝りがほぐれていく。ワニの目線から見る川面は絶景だ。これで魚か蜻蛉でもぱくりとやれたら素敵だなあ。
身一ツで川を流されをる晩夏 茶門
ロゴタイプに集中。完成形へと近づきつつあるのかどうかまだ分からないが、徐々にかたちが整っていく過程にはある種の快感が伴う。二次元の彫刻という喩えは、当らずとも遠からずだろう。鉋屑の匂いとかノミで石を打つ音のような、視覚以外の感覚を刺激する要素がないことをいつも残念に思う。墨の香りの、筆の心地のなんと優美なことよ。マウスのカチカチではねえ。
夏百日墨もゆがまぬこゝろかな 蕪村
久しぶりに体重を計ってみたら62キロだった。春先には67キロだったと記憶している。180センチの身長でこれはいくらなんでも痩せすぎだ。60キロきったらちょっとまずいな。アメンボかガガンボだ。エクストラライトを通りこしてウルトラライトだ。
ロゴタイプと書体制作。風はぴたりとやんでいる。夜の風鈴も聞こえず。言葉少なし。
ロゴタイプ。迷いはじめるときりがない。落としどころの模索。いまだ暗中。
擦りむいて声押し殺す百日紅 茶門
昨晩今晩と夜風が涼しい。煮出した麦茶の良い香り。ロゴタイプに集中。
締め切り有り、ノルマ有り、保留有り、行き違い有り、未払い有り。文字の仕事ばかりで文句無しと言いたいところだが、肝心の仕事がいっこう前に進まないのが気に掛かる。無いのは休みくらいだ。
有楽町にて多摩美授業の打ち合わせ。ロゴタイプとマークのデザイン。暑さと忙しさでバテ気味。書体制作すこしだけ。
ロゴタイプとマークの試作。書体制作すこし。
午後三時半より品川にて打ち合わせ。ようやく収束に向かいつつあるロゴタイプ。新大久保の韓国料理屋で某書体の制作に関わった人たちと打ち上げ。ケジャン、プルコギ、チャプチェ、チャンジャ、チヂミ、サムゲタンなど。早めの帰宅。今宵も遠くで風鈴が鳴る。ロゴタイプと書体制作。
朝の電話で急遽打ち合わせが必要となり汐留へ。出かけるまえに電話連絡とメール連絡を慌ただしく済ませる。新橋で昼食をとり、別件の打ち合わせで渋谷へ。書体制作すこし。
ロゴタイプと書体制作。深夜どこからともなく聞こえる風鈴の音に心なごむ。仕事漬け。
盛夏。ロゴタイプと書体制作。粛々と。