慌ただしくも充実した一ヶ月だった。深夜、Dプロジェクト四月の研究レポートを日付けが変わる寸前に間に合わせ、明日は幾分なりとも心の余裕を持てるはず。南宋絵画を観るのに気持ちが急いていては楽しめないものな。それ以上に鑑賞後の酒が楽しみだ。問題は中国酒にするか日本酒にするかである。実に悩ましい。
慌ただしくも充実した一ヶ月だった。深夜、Dプロジェクト四月の研究レポートを日付けが変わる寸前に間に合わせ、明日は幾分なりとも心の余裕を持てるはず。南宋絵画を観るのに気持ちが急いていては楽しめないものな。それ以上に鑑賞後の酒が楽しみだ。問題は中国酒にするか日本酒にするかである。実に悩ましい。
今年に入ってからまたしても公と私、平日と休日の境があいまいになってきた。そんな私の人生に再び黄金週間というまばゆい時が流れることは恐らくないだろうが、もともとお勤め時代からオフシーズンを選んで外出してきたので、ゴールデンウイークが待ち遠しいという思いをあまり持ったことがない。それに連休明けのけだるさを感じないで済むのは有り難い。
四月の陽沈みゆくほど池輝く 茶門
Dプロジェクト関連の資料を焼いたCD-ROMが届く。私が提出する研究レポートと、先方から届くシミュレーションのフィードバック・ループ。これをうまく回せば自ずと結果は得られるはず。最初のひと漕ぎめは力がいるけれど、いったん車輪が回り始めたら目的地までの道のりはそれほど苦にはならないもの。あとは風を読み間違えないこと。これが難しい。途中の景色を眺めること。これが楽しい。
銀座グラフィックギャラリーで梁さん宏一と待ち合わせ、「胡同マンダリン」で玉木、西村と合流。ちょっと豪華な北京料理を堪能し、話しは尽きず終電には間に合わず。
予定外と予想外に右往左往。終わったかと思っていたロゴの仕事は終わっておらず、フィックスしたはずのスケジュールは二転三転し、自発的に引き受けた名簿作成の仕事も大変だし、う〜頭の奥がずきずきしてきた。
書体の修正作業と息子の自転車訓練。どちらも手が放せるところまではまだまだ時間がかかる。「遠くのほうを見て、とにかくがむしゃらにこげ」と息子を叱咤する言葉はそのまま私にもあてはまる。どちらが早くリリースできるかな。
リリース時期も課題ではあるが、勝負はもちろんその後。書体でこけたら打ち身ていどでは済まされない。頼む、しっかり走ってくれよ。自転車操業という嫌な言葉もあるけれど。
ウエイトの変更にともなうデザインの見直し。まずは平仮名から。
締切りのある仕事が一週間にふたつかさなっただけであたふたするのは、ふだんいかに時間的なプレッシャーの少ない仕事をしているかということだろう。無事やり終えて一服の茶。
待ち侘びて羊羹食へる宵の春 茶門
ふたつ返事で引き受けたインタビュー構成の仕事、質問を考える作業を楽しみながらも、これがなかなか難しい。答える側にとっても難儀な質問が多いだろうと思う。経験、観察、研究、実績なくしてはとてもまともに答えられない。私ならお手上げだ。
恵比寿にて太郎さんと会食。少人数、できれば一対一で飲むのが私の好みだが、特にこの人と酒を飲む時には一対一にならざるを得ない。なぜなら、同席者には私と太郎さんが何をむきになって口角泡を飛ばしているのか甚だ不可解だろうから。私なら他人の口論につきあわされるのはご免こうむりたい。しかしながら、「智に働けば角が立つ」のは確かだが、一対一の酒食の場で、何の角も立たないのもつまらないではないか。
某タイプデザイナーへの質問事項を考える。これまで斜め読みで済ませていた英語の資料に目をとおすのに時間がかかる。いろいろ聞いてみたいことはあるのだが、インタビューを読む側からすれば、あまりに専門的なことが書いてあっても何のことやらさっぱり分からないだろうし、そのあたりの配慮が難しい。タイプデザインという分野がほとんど認知されていないということを前提に質問事項を考えなくてはいけないのだろうな。
曇天。37歳になった。中途半端な年齢だという以外になんの感慨も湧かないや。ただ、仕事のうえでは、四十歳までの三年間が、この先十年につながるたいへん重要な時期になるだろうと思う。かといって急に発奮するでもなく、白湯をちびちび飲みながらこの日記を書いている。少々因縁めいたことを書けば、誕生日の直前に、AXISフォントを生むきっかけを作ってくれた人へのインタビュー依頼が舞い込んだり、母校から履歴書を送れというメールが届いたことには、妙な符号を感じている。
来日中のヨアヒムさんが嘉瑞工房に立ち寄るということで、私も三年ぶりに工房を訪ねた。夕方から三々五々タイプデザイナーが集まりだし、ライノタイプコンテストで受賞を果たした立野さんのお祝いを兼ねて乾杯。
昨年出版された『横書き登場〜日本語表記の近代』(岩波新書)の著者、屋名池誠氏を講師に迎えた句読点研究会に参加した。20名強の出席者。書字方向というテーマの魅力ももちろんあるのだが、屋名池氏の切れ味のよい明晰な語り口が印象に残った。
遠方より来客あり。男四人が四畳半の部屋で膝詰め談判。小さく生んで、大きく育てる。まったく同感です。談判終了後は駅前の寿司屋に場所を移し、春の味覚に舌つづみ。
雨上がりの空は東京といえど青い。白いつつじの咲く小道を通って、子供をごたごた荘へ送る。終日デスクワーク。座業ひとすじ。
午後から静かに雨がふる。気温も低い。桜が散ってしまってもこういう日を「花冷え」と言うのかな。鈴蘭と草木瓜が庭でうずくまって濡れている。ケの紅白とでも呼びたくなるような取り合わせだ。
雨ふって桜の川となりにけり 茶門
約物記号類の制作とDプロジェクトの立案。ほぼ同時期にふたつの案件で技術的な問題と権利的な問題が浮上しはじめた。先の道のりが平坦でないことを予感させるが、ここは焦らず前向きに。
約物記号類の制作を一日。漢字のようなペース配分がしにくいので、けっこう時間がかかる。関連する約物同士の辻褄合わせもやっかいな作業である。アジのたたきとトマトのスープ。
過去5年にわたり年間の自殺者は3万人以上。ようやくNHKが正面きってこの問題を取り上げた。昨晩のETV特集。身動きがとれなくなるほど重い内容だった。突発的な事件だけをこぞって取り上げるマスコミはやはり病的と言うほかない。なんでもかんでも置き去りだ。
息子がオセロを覚えた。就寝前に二度ほど対戦し、ときどき負かされるのだが、目の前で鼻歌まじりにやられるとかなり悔しい。
フランスパンに昨晩の残りの手作りコロッケと刻みキャベツをはさんでぱくりとやる。さいきんあまり飲まないようにしているコーヒーだが、こういうメニューで飲まずにはいられない。
朝一で六本木AXISビルにてミーティング。いくつか用事を済ませて仕事場に戻るとはや午後三時。重要なメールとそうでないメール、大事な郵便物とそうでない郵便物をより分け、ひととおり目を通して返事を書き終え時計を見るともう午後五時になっている。おそろしく一日が短い。
すっかり外は春めいて五月上旬のあたたかさ。仕事場の窓を少しあけておく。某食品会社のPR誌が郵便で届いた。昨年手がけたタイトルのロゴは、思ったより表紙になじんでいるようで、やはりこういう瞬間は嬉しいものである。
AXISフォントの使用を知らせるメールが二通。一通は製品版の、もう一通は試用版をオンライン書類に使用したという報告のメール。正直に言えば、最近までは試用版の利用についてはそれほど嬉しく思えなかったのだが、何かの役に立っているということの意義を、遅まきながら感じられるようになってきた。
午前中はロゴの仕事にひと区切りつけるところまで。午後より再びDプロジェクトのレポート作成。これまで以上に「準備」に重きを置いたプロジェクトであり、Go, すなわち書体制作まで辿り着けるかどうかもこの"Ready" 次第である。
Dプロジェクトのレポートをまとめる作業を一日。私が経験したことのない文字制作アプローチを採用しようとしているため、当分は手探り状態が続きそう。
終日つめたい雨。Dプロジェクトの構想を練る。
家族で石神井公園へお花見に。すでにごたごた荘の関係者が十人ほど車座になって和んでいた。缶ビール一本飲み干して、桜の精をたっぷり頂戴し、仕事場へ戻る。
留守中に届いた郵便物。そのなかから健康診断の報告書をまっ先に開封した。オールA。いや、ひとつFが。。。エフ? 要精密検査? 眼? 黄斑部変性? ネットで黄斑部変性を調べてみると「失明に至る恐れあり」。。。たじろいだ。さっそく近所の眼科へ直行。視力検査に始まり、眼圧測定、眼底検査、眼の写真撮影など、検査ごとに異なる点眼薬をさされるのには参った。圧巻は最後の点眼薬で、瞳孔を開くためのものだという。実際に鏡で自分の眼をのぞいてみると、見たことないほど黒目の部分が大きくなっている。四時間ほど視界がぼやけるが我慢せよとの仰せ。ノックダウンされたボクサーはこんな景色を見ているのかなとか、弱視の人はこんな心細さを感じているのかなと思ったりする。なにせ人間の性別すら判別できないのだから。担当の女医さんがきれいな人だったような気がするけど、眼も心も曇っていたからな、あてにはならぬ。弱視者の見え方とそれにともなう心の動き、失明の恐れに直面したときの動揺の仕方など、滅多なことでは経験できない貴重な一日であった。と、いまこうして書けるのも、「問題なし、大丈夫」という診断結果が出たからなのであります。ふう。
今生のふた文字よぎる日の桜 茶門
大阪から東京に戻る新幹線の車中。うしろに座っていた女の子の話し方が『螢の墓』に出てくる節子にそっくりだった。あの声を聞くと訳もなく切なくなりますね。中学生なみの傍若ぶりをはたらいている前の座席の男二人を上からのぞいたら、スーツを着た若いサラリーマンだった。