印刷博物館の食堂で小塚さんとお昼をとり、午後二時から君塚孝雄さんによる種字彫刻の実演会をみる。孝雄さんの叔父であり師匠でもあった名人 君塚樹石は「書ければ彫れるよ」と語っていたそうだ。公演会後、富岡さんの案内で秋葉原の居酒屋「はつくら」へ。女将さんが書いたお品書きの筆書を話題に華が咲く。美子ちゃんのペン習字あなどるべからず。富岡さんの提案により「文字数寄会」が結成された。富岡、岡澤、鈴木の三名。女将さんのあの普段書きの文字が僕は好きです。
桜一枝 刺身に埋もれたる夜かな 茶門
印刷博物館の食堂で小塚さんとお昼をとり、午後二時から君塚孝雄さんによる種字彫刻の実演会をみる。孝雄さんの叔父であり師匠でもあった名人 君塚樹石は「書ければ彫れるよ」と語っていたそうだ。公演会後、富岡さんの案内で秋葉原の居酒屋「はつくら」へ。女将さんが書いたお品書きの筆書を話題に華が咲く。美子ちゃんのペン習字あなどるべからず。富岡さんの提案により「文字数寄会」が結成された。富岡、岡澤、鈴木の三名。女将さんのあの普段書きの文字が僕は好きです。
桜一枝 刺身に埋もれたる夜かな 茶門
書体制作をぼちぼちと。自家製チャーシューをむしゃむしゃと。
自分をシッタし、自分にハッパをかけて、ようやくエンジンがかかりはじめた。押しがけはしんどい。このところエンジンのかかりが悪いなあという方、この本などはいかがでしょう。『勝負の極北』藤沢秀行/米長邦雄、『木のいのち 木のこころ』西岡常一。勝負師と宮大工にどやされてください。間違っても癒されようなんて思ってはいけません。
心身ともに快調。なのに書体制作ははかどらず。2004年に入ってからもう一ヶ月が経とうとしているのに、テンポの感覚が戻らない。何かが欠けている。おそらく執念。石にかじりついてでもという執念がいま欠けている。
梅の蕾のふくらみが目立つようになってきた。春が近い。のと同時に一年でもっとも寒い時期でもある。年明けからほとんど雨の降っていない東京に、いっそ雪でも降らせておくれ。雪中に梅の蕾を点ず。日本酒恋しや。
きっぱりと冬晴れ。月曜日は呼吸を整える。さあ今週もいくぞ、という構えをつくっていく。とはいえそんな具合にいかないのが週のはじめの常なのだが、けさ某社PR誌ロゴの案件が落着し、久しぶりに軽やかな気分でこの日記を書いている。
石神井図書館からの帰り道につまらぬことで息子と喧嘩をした。自転車のうしろでふくれっ面、うちに帰ってからもふくれっ面。頑固なことこのうえない。ずいぶん時間もたったころ、うつむき加減で息子が仕事部屋に入ってきた。どうしたと声をかけてみる。何も言わない。いろいろな言葉で探りをいれてみるが、終始無言である。「あやまりたいのか」と聞いてみると、こくりとうなずいた。「悪いと思っていなければ、あやまらなくていいんだよ」と断りを入れておく。やがて消え入るような声で「ごめん」と絞り出し、後ろ手に戸を閉めて出ていった。負けん気が強いということと素直であるということは矛盾しない。むしろ相性が良い。
組織論に対する興味からラグビーの本を何冊か読みすすめていくうちに、いつしか将棋の本に移っていた。なんといっても米長邦雄と羽生善治の著作がすこぶる面白い。実に人間臭い。
庭に2センチを超える高さの霜柱が立った。掘りおこして横から眺めてみるとなかなか壮観である。夜のお出かけスケジュールを妻に譲り、こまごまとした仕事をやっておく。晩ごはんは息子と二人でホワイトシチュー。
霜柱ぐわらぐわらくづし獣追ふ 前田普羅
日本各地で大雪のようだが、ふしぎに東京は穏やかな天気が続いている。私はといえば、雑事と雑念がてんこ盛り。雑事は片付けるけれども、雑念は追い払わない。その雑念が次の仕事の肥やしになるので。
なんとかつながりました。ちゃんと生きてます。以下お読みいただければ事情はお分かりいただけるかと。
ホームページの更新分をアップロードするために様々な方法を試してみるが、どれもうまくいかない。けさダウンロードしてみたFetchでもはねられてしまった。サーバ側の対処を待つしかないのか。完全にお手上げ状態。
ホスティングサービス会社のサーバ設定上のミスで15日からサイトの更新ができず。苦情メールの返信が三日たってようやく届いたかと思えば、すでに試してだめだった対処法が書いてある。きりきりと胃が痛む。元原稿誤植による『フォントスタイルブック』のデータ修正と横組ロゴタイプを縦組に展開する作業。
岡野さんがうちに一泊。午前六時就寝。モスバーガーで昼食。
東京に粉雪が舞う。大阪から来た岡野さんを囲んで新年会。岡澤君、小澤君、富岡さんと。黒豚と焼酎。飲み、食い、歌い、壊す。エネルギーの残料がかぎりなくゼロに近づいた一日。
大崎でエノキさんとハットリ君と昼食。そのあと六本木アクシスビルへ赴き、AXISフォントとは別件の相談事。今年はなにかと相談事の多い一年になりそうだ。夜中に石油ファンヒーターの電源がいかれてしまった。明日は寒波で雪だというのに。客人がうちに一泊するというのに。
とんこつラーメンを食べながら、某国営放送のお昼のニュースに注目していた。トップは北海道の大雪、続いて狂牛病を出したアメリカ産牛肉の輸入再開交渉について。さらに、JPモルガンによる吸収合併、皇族がNHK大河ドラマの衣装を観覧というニュースへと移る。結局、あす陸上自衛隊の先遣隊がイラクに出発するという事件は取り上げられなかった。よもや石破防衛庁長官の、自衛隊に関する報道を自主規制せよという発言に従ったわけではあるまいな。
神保町の某出版社へ。ランチには少々ヘヴィな中華セットを食べながら相談事。仕事場に戻ると、ロゴの修正を指示するファックスと修理からかえってきたプリンタが段ボールに入って置かれあり。
晴れたり曇ったり。ロゴタイプ三案を担当者へメール送信。一月から受注の仕事が入っているという状況は、独立してからはじめてのような気がする。ただし書体制作は遅れ気味。
成人の日。橋本さんのところへ年賀の挨拶に伺うという鳥海さんと岡澤君にくっついて、となり町に住んでいるというただそれだけの理由で私も同席させていただいた。焼きタラバカニを手始めに、奥さんの手料理を次々とたいらげ、車で来た鳥海さんを尻目にビールをがぶがぶ飲んで、おまけに穴のあいた靴下をはいていってしまった恥知らずな人間は、私です。
鏡開きしたお餅で妻がぜんざいを作る。小豆ではなく、かぼちゃベースの栗入りぜんざい。お椀の色をみたときにはちょっとひいたが、味のほうは問題なし。かちかちになった鏡餅を、切符ほどの大きさで薄く切り、油で揚げて塩をふる。鏡開きのこの時期は、おやつがわりによく食べたものだ。鏡は「円満」の、開くは「末広がり」を表わすという。
昼からゆうさんの新居に家族でお邪魔。子供たちは庭で勝手に遊ばせておいて、大人は日当たりのよい居間で心づくしの手料理を頂き寛ぐ。ケーキを切りはじめるやいなや戻ってきた子供たちの嗅覚には恐れ入った。
『フォントスタイルブック2004』の追加図版の制作と初校確認。手早く済ませて即郵送。某社ロゴタイプ追加分のラフ案に取りかかる。
大学に提出しなければならない書類を半日かけて作成する。Excelに不馴れなせいで、一括でいけるはずの処理を手入力でせっせと行う。学生の顔と作品を思い返しながらの作業でもあるので、おそろしく時間がかかってしまった。さて、これをきっちりやり終えたら、明日からはタイプデザインモードに切り替えます。
本年度の多摩美での授業が終了した。講評、採点、返却、大掃除を段取りよく終えて、学生約25名と橋本駅のつぼ八で打ち上げを行う。私にとっては今日が2003年の大晦日のようなもの。安原、平井、お疲れさまでした。ありがとう。
石神井公園駅を発車して20mも行かないうちに電車が立ち往生。「線路内に○○が入ったために」というアナウンスが流れるのだが、その○○が何なのかよく聞き取れない。乗り換え電車待ちの新秋津駅でも「線路内に○○が入った」らしく電車がやってこない。こちらも○○が聞き取れない。コーキューと言っているようなのだが、これは硬球のことだろうか。電車が来ない苛立ちよりも、アナウンスの重要箇所だけが聞き取れない苛立ちのほうがまさった。
昨年度の収支計算書に目を通し、気持ちをひきしめて今年の仕事にとりかかる。故障したプリンタを梱包して修理工場へ送るのが2004年の仕事始めというのも冴えない話しだけれど。
なんとか冬眠中のiBookを起こして作業を開始したのだが、こんどはプリンタが用紙をフィードしてくれない。プリンタ君、きみはおせち料理の食べ過ぎかい?
三椀の雑煮かゆるや長者ぶり 蕪村
ひさしぶりに立ち上げたiBookの調子がおかしい。何度やっても起動し終わった直後にスリープ状態に入ってしまうのだ。お正月くらいゆっくり寝かせろってか。腹立たしさよりも哀れというか、目の前のフタを閉じたiBookがのし餅に見えてきた。
一枚の餅のごとくに雪残る 川端茅舎
「今日は朝からビーフを食べたし、今年もずっと食べ続けるよ。デザートを少なくして減量するさ。ひざの故障を直したいからね」は、ブッシュ大統領の年頭の言葉。昨年末アメリカ牛から初めて狂牛病が確認されたのを受けてのリップサービスは、イラン大地震のあとだけに不謹慎な印象しか与えなかった。「我が国と世界の人々の幸せを祈ります」と、何が起きても変わらぬ年頭の言葉を述べたのは日本国天皇。このような二国間でねじれが生じないほうがおかしい。
あいまいに空ながめやる三ヶ日 茶門
年越しの蕎麦を椀ごとこぼしけり、という情けない大晦日の夜は、民放3局で放映された、K-1、PRIDE男祭り、猪木ボンバイエを観て過ごした。以下その感想を綴っておくことにする。まずなんといっても20代の武者ぶりが際だっていた。猪木の秘蔵っ子LYOTO 、パンクラス無差別級王者ジョシュ・バーネット、単身ブラジルへ渡った美濃輪育久、パンクラスライトヘビー級王者の近藤有己。生年は順に、1978, 1977, 1976, 1975年。25歳から28歳あたりに集中している。あのお祭り騒ぎのなかで、格上あるいは体格を大きく上回る相手と対戦し、よくぞあれだけ正気を保ったファイトができたものである。彼らは「正直な試合」をした。反面、元○○とか○○のリベンジみたいな、無理矢理ストーリーをこしらえたカードにはことごとく失望させられた。