Type Project —visible, but invisible.

2003年07月31日 木曜日

晴れたり曇ったり。じわりと夏の気配も。冷やし中華とトウモロコシ。終日書体制作。あいまに新書体のアイデアスケッチ。

2003年07月30日 水曜日

午前中はまたしても雨。六本木アクシス社にてダウンロード販売についての打ち合わせ。午後から徐々に夏の日射しへとかわる。そういえば、先月の末に六本木にきたとき、アクシスビル近くの駐車場で、カジュアルな服装で歩いている元日本国首相を見た。首相在任時には、ボディガードや取り巻きなど常時10人以上の人間に囲まれていたことだろうが、このときの同伴者は若い女性ひとりだけであった。何代前の首相か言いあてられる日本人は一割もいないだろう。あまりにニュースバリューの低い話題なので書くのをすっかり忘れていた。

 長梅雨や職にあぶれし人のなり    茶門

2003年07月29日 火曜日

くもりのち雨。午前九時、水道管工事のため断水。一時間にも満たない断水状態にさえ不便を感じる現代生活というものはずいぶん危うい。先日宮城県で、観測史上はじめてとなる、一日に震度6が三度という直下型の地震が起きた。幸いにも死者は出ていないようだが、これが東京だったらという想像は多くの人がしたことだろう。倒壊と火災を免れたとしても、パニックは避けられまい。二ヶ月後の9月1日は、関東大震災からちょうど80年になる。木雲評釈追加。

2003年07月28日 月曜日

なんと涼しい七月よ。梅雨まだ明けず。午前は雑用を片付け、午後から書体制作。夜、四方田犬彦編『ザ・グレーテスト・ヒッツ・オブ・平岡正明』を読む。

2003年07月27日 日曜日

新宿紀伊国屋にて友人らと待ち合わせ、新宿御苑をぶらぶらしたあと朗文堂へ。『欧文書体百花事典』の刊行にともなう資料の内覧会。欧文活字に関する書籍が並べられたビルの小さな一室は、静かな熱気に満ちていた。20代の人の姿が多くみられたのは心強い。あれだけの書物が日本でまとめて見られる機会はそうあるものではない。レアブックスを公開された方々に感謝したい。

2003年07月26日 土曜日

借りている畑で夏野菜を収穫。枝豆、いんげん、にんじん、ジャガイモ、ピーマン。枝豆といんげんは帰宅後すぐに茹で、塩を軽くふって食べる。いんげんのあのキュッキュッとした感じがなく、これまで食べたなかでは一番おいしかった。自宅から畑まで自転車で10分。休日ならではの馳走だろう。

 生と死のかずは同じき油蝉    茶門

2003年07月25日 金曜日

昨日、ごたごた荘の食当に入る。ごはん、焼き鳥、トムヤムクン・スープ。夏合宿であまった食材を利用したお昼のメニュー。またか〜の声はあがらなかった。三時間かけてガスコンロのグリルで100本を焼く。おやつにも残りの焼き鳥が出たそうだが、そのとき「え、また?」の声があったかどうかは聞いていない。この日の自宅の夕食は、カシラ肉の串焼き。合宿係の打ち上げを焼き肉屋でやる予定だったが、さすがにちょっと‥‥。

2003年07月24日 木曜日

昨晩、神田の東京電機大学にて森啓さんの講演会。100名ほどの参加者。講演のあとは『精興社の活版技術』ビデオ上映会。母型彫刻、活字鋳造、文選、組版、校正、紙型、鉛版、印刷までの一連の工程を、精興社OBである腕利きの職人さんたちが再現するという内容。1997年から三年余りを費やして制作された約一時間の貴重な記録映像である。精興社青梅工場での活版印刷事業は、1995年に休止した。つまりこのビデオ撮影のために、眠りにつきかけていた機械は、二年ぶりに「フル」稼動したわけである。まだ十分に動けますよ、いまならまだ間に合いますよ、と大小さまざまの機械と職人さんたちの手が語っていた。

2003年07月23日 水曜日

特殊部隊によって救出された20歳の米女性兵士が退院した。イラク兵と果敢に闘い、重傷を負ったと劇的に報道されたあの女性兵士である。報道後、実は女性兵士の怪我は、単なる車の衝突によるもので、軽度であったというリークは記憶に新しい。今日退院した本人の発言に注目が集ったが、アメリカ兵であることを誇りに思うと述べるにとどまった。「誇りに思う」と言うにはあまりにか細い声。軽々しい発言、否、一兵卒が真実を述べることなど許さないと世界に宣言したようなものである。

2003年07月22日 火曜日

ごたごた荘夏合宿追記。宮崎駿監督が、『風の谷のナウシカ』の制作スタッフとともに長期滞在した宿、それがわれわれが泊った宿だということを今日知った。宿のおばあさんはそんなことひと言もいわなかったし、ホームページにも記載されていない。見事に放っておいてくれたし、かと思えばいろいろ融通を利かせてもくれた、ありていに言えば、居心地のよい宿だった。雨のなか、きもだめしに向かう途中でまめこさんがつぶやいたことばを思い出す。「なんか猫バスでも出てきそうな雰囲気ね」。あれはまったく正しい直感だった。終日書体制作。

2003年07月21日 月曜日

朝がた雨。合宿の収支計算に四苦八苦。ひととおり計算が終わり、キャンセルや立て替え分などの返金をしても黒字になることが分かってひと安心。米、野菜、ワインなどの事前カンパがきいた。残金は、ごたごた荘の今年度赤字予算の補填にまわせるだろう。息子と遊んだり文字を作ったり。

2003年07月20日 日曜日

昨日。ごたごた荘夏合宿一日目。宿のある名栗村にはいったあたりから霧雨もよう。入間川源流ちかくの自然と築三百年という宿の組み合わせは、なかなかの風情ではある。ただし時と場合による。霧雨がそぼ降るなかでの花火ときもだめしはちときつい。トムヤムクン・スープが好評。
夏合宿二日目。快晴。川遊び。こどもたちいきいき。雨中の合宿もまたよしと開き直ったりもしたが、晴れて本当によかった。合宿前日に高熱を出した息子が嫁さんとともに川に現れた。昼はこじんまりとしたキャンプ場でのバーべキュー。肉、魚、野菜、焼そば、虫とり、すいか割り、後片付け、解散。

2003年07月19日 土曜日

朝9時にごたごた荘でトールさんと待ち合わせ。レンタカーに残りの荷物をつみこみ、途中さいとうさんの畑で野菜を収穫してから名栗村へ出発する予定。さて、どうなることやら。

2003年07月18日 金曜日

午前書体制作集中。午後から合宿で必要な60人分の食料や飲料などの買い出し。その足でごたに立ち寄り荷物の振り分け。あっという間に7時をまわってしまった。こみなとさんから新鮮魚貝の差し入れが届く。夜一時雨。行くまえに燃えつきている私。

2003年07月17日 木曜日

終日書体制作。ときおり合宿に必要な物のメモ。細かく挙げていくときりがない。物資のカンパも徐々に充実してきた。今年のごた合宿は、「七輪の夏」がキャッチフレーズ。頼む、晴れてくれ。

2003年07月16日 水曜日

深夜台所に入ってみると桃の匂いが充満していた。そのあと手にした雑誌にはバルテュスの描いた少女の絵が。桃もバルテュスも、じっくり鑑賞するには人目がはばかられる。立て続けに嗅覚と視覚が官能に刺激され、寝つかれなくなってしまった。夜の桃を下五においた句をつくろうと思ったがうまくいかない。官能を詠んだ名句ってあったかな。

2003年07月15日 火曜日

息子五歳の誕生日。ごたごた荘での誕生日会にまぜてもらう。ケーキを食べているときの静寂とそれまでの喧噪との落差がすごい。今夏初の油蝉がすこし鳴く。

2003年07月14日 月曜日

朝から強い雨。肌寒いほどの気温で湿気もすくない。仕事に集中するにはもってこいの日だ。ただし本棚に目をやらないこと。こんな天気は、読書にもってこいの日でもあるから。

2003年07月13日 日曜日

落合さんの新居に、ゆうちゃん、服部くん親子らとともに招かれる。子供たちは寝室でおおはしゃぎ。無法者。夕方六時ごろに石神井公園駅へもどり、トールさん、ダニエルさんとごたごた荘夏合宿の打ち合わせ。雨ふったりやんだり。横井也有の『鶉衣』をちびちびと。

2003年07月12日 土曜日

半歌仙の挙句が書かれたはがきと、天主堂を描いた暑中見舞いのはがきが相次いで届く。夜半から明け方にかけて澤田ふじ子の『花僧〜池坊専応の生涯』を読了。

2003年07月11日 金曜日

一週間後にせまったごたごた荘の夏合宿のことが気がかりになってきた。係との連絡や買い物リストの作成など。宿に置いてあったあの七輪で何を焼こうか。川にはやく足を浸したいものである。

2003年07月10日 木曜日

昨日のセミナーで思いつくままメモした文字セットに関する覚え書きより。
1. しがらみのある書体としがらみのない書体
2. 書体の個性としてのキャラクタセットと書体の個性としての字形選択

1. フォントは、オープンマーケットにリリースされた時点から、いやがおうでもしがらみを持ちはじめる。専用フォントはその点しがらみが少ないといえる。
2. フォントには、情報交換用の符号としての役割がある。これがすべてに優先するのであれば、キャラクタセット(および字体字形の判断基準)はひとつであることが望ましい。しかしながら、字体字形と書体書風を分けて考えるには無理がある。字体字形の選択において、欧陽詢には美学的な、顔真卿には文字学的な判断があった。そしてその判断は「欧体」「顔体」という独自の様式を生み出したことと無縁ではない。「書体の個性としてのキャラクタセット」を打ち出した游築見出し明朝体と、「書体の個性としての字形選択」を打ち出した解ゴシック。果敢な試みに対する市場の評価が待たれる。

2003年07月09日 水曜日

午後から中野富士見町へ。日本印刷技術協会テキスト&グラフィックス研究会主催のセミナーを聴講した。テーマは「フォント開発側からみた書体と字形」、30名ほどの参加者。冒頭、司会の小笠原さんが、「ようやく文字コードの議論もひと段落し、初期のころから議論に参加してきた人たちのなかには、もうこの問題については語りたくないという人が現れはじめた」という旨の発言をされた。たしかにそういう空気を感じる。しかし、現場で書体制作をしている者にとっては、これからが正念場なのである。文字コード、あるいはキャラクタセットと、どう向き合い、どういう選択をするか。まったくぬきさしならない問題である。セミナーのとりをつとめたモトヤの大本さんが訴えたかったのもその点ではなかったかと思う。

2003年07月08日 火曜日

柴田錬三郎をたてつづけに読んでみた。以下その雑感。リアルタイムで週刊新潮の連載につきあった読者でなければ、眠狂四郎の面白さは半分ほども理解できぬであろうということ。昭和31年にはじまった『眠狂四郎無頼控』を連載で読まなかった私にとっては、眠狂四郎の出てこない短編『剣鬼』のほうが楽しめた。『北斗の拳』を毎週こころ待ちにしたものでなければ、あの面白さを語り合えないのと同じである。生い立ちに影があり、おびただしい殺戮をくりかえし、さらにその強さたるや圧倒的かつ痛快無比な点など、喝采を浴びるための条件を、狂四郎、ケンシロウともに備えている。つまり両者とも、なかなか死なせてもらえないヒーローなのであった。狂四郎には円月殺法、ケンシロウには北斗神拳という必殺の型があり、狂四郎には『大菩薩峠』の机竜之介、ケンシロウには『マッドマックス』のマックスという人物モデルがあった。そろそろ無頼の風が吹きすさぶ新しい物語でも生まれぬものか。

2003年07月07日 月曜日

七夕の短冊に書かれたごたっ子たちの願い。ほほえましいものあり、切ないものあり。しかしなんといっても傑作はこれ。「むげんのおかねもちになりたい」。どうでしょう。なりたくもあり、なりたくもなし。

2003年07月06日 日曜日

少年の夏はみじかく、夏の少女は美しい、と相場は決まっている。NHKスペシャル『こども・輝けいのち』のシリーズ第5回をみた。大阪のアトム共同保育所の一年を追ったドキュメンタリー。施設、方針、運営など、あまりにごたごた荘と似ているのでつい見いってしまった。ぼろぼろの施設と子供たちの遊ぶ姿がごたと二重写しになる。規模が小さいゆえに可能なことだろうと思うが、アトム共同保育所と決定的に違うのは、共同保育所ごたごた荘では異年令保育がなされているという点。しかしまあ六才の子供たちのナイーブなこと。当方の琴線と涙腺がたびたび襲われた。

2003年07月05日 土曜日

肩たたきの駄賃、十円。二ヶ月かけて十円玉15枚をためた。そのお金をもって近所のスーパーへ行き、百円のアイスクリームを買った。肩たたきをした上に、そのアイスクリームを分けてくれるとは、孝行息子といって差し支えないだろう。親バカをバカ親と書いた知人がいたが、私がまさしくそれである。

2003年07月04日 金曜日

名古屋から出張中の友人一泊。子どもが寝ついたあと、缶ビールとおつまみで、家族、仕事、地域のことなど、何くれとない話しをひとしきり。来客歓迎、夜半の作業はひさしぶりにお休み。

2003年07月03日 木曜日

ヴァルネラブル。耳なれない言葉かもしれない。攻撃誘発性、ひらたくいえば、いじめられやすさとでもいおうか。私じしん身に覚えがあるので、この言葉を知ったときは、ははぁんと思ったものだ。高校生のとき、自分がヴァルネラブルな要素を持ち合わせていることに気がついた。いじめられるというのではないが、因縁をつけられやすいのである。無口なこと、目つきが悪いこと、体がでかいこと。因縁をつけられやすい理由は、まあこんなところだろう。ごたごた荘で子どもたちから攻撃されるのもよく分かる。それにしてもだ。ときどき痛いのは我慢するけど、ジーンズの穴にゆびをつっこむのはやめてくれよ。

2003年07月02日 水曜日

快晴。午前中に書体制作がはかどったので、ためていた事務作業に手をつける。封筒や切手がどんどんなくなっていく。そうか文月だったな。今年まだ会っていないあの人に一筆したためておくとするか。トクホンAを貼って床にはいる。

 いづこへもゆかぬ旅あり梅雨鯰    茶門

2003年07月01日 火曜日

正午すぎより雨。全身が眠りを要求してくるのをアイスコーヒーでうっちゃる。目薬の消費量もはげしい。終日書体制作。