Type Project —visible, but invisible.

ごたごた荘に子供を迎えに行く途中、郵便局で手早く用事を済ませ、がら空きの床屋で素早く散髪を済ませる。迎えに行く時間まで間ができてしまったので、お迎えルートにある「石神井書林」へ立ち寄ってみる。詩歌と都市雑踏にまつわる古書を専門とする、目録販売のみの古書肆ではあるが、店内は私が気になる俳人らの句集がずらりと並ぶ。『石神井書林日録』の著者である店主の内堀さんとは、先おとついに催された「ごたごた荘冬まつり」で初めて挨拶を交わした。目録をいただきに上がりますとお伝えしたとはいえ、不躾ながら突然の訪問となった。詩人北園克衛を巡りつつ、関東大震災以前と以後の東京の変貌ぶりについて、30分ほどお話しを伺った。北園克衛が俳句を詠んでいたことは、彼の遺稿追想集『北園克衛とVOU』によって知っていたが、上京当時に、俳人原石鼎のもとに寄宿していたことを『石神井書林日録』で知り、なるほどと合点した。石鼎の俳句が本格であるのは言うまでもないが、モダンずくめの北園が、なんともクラシックな俳句を作っているので意外に思っていたのだが、そうか、原石鼎か。もひとつ内堀さんから伺った話しで興味深かったのは、ある時期北園は、商業美術専門集団を結成する構想を持っていたのだそうだ。北園の抜群のセンスからデザインチームが生まれていたら、さぞかし愉快だろうなと思う。残念ながら構想は実現しなかったが、少なくとも清原悦史と杉浦康平は、北園克衛ぬきには語れない。杉浦康平は、東京芸大建築科の学生だった頃、紀伊国屋で見た『VOU』によって活字の存在に開眼している。杉浦曰く、「『VOU』の置いてあるところだけは風の流れが違った」
北園克衛(1902~1978)、本名橋本健吉の俳句を。

 佩刀の反りのゆくへや梅の影
 恙なき旅の終わりや初霞
 山門に傘ならべあり柿の秋
 庭箒ささくれたつや年の暮

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