「個人で生きていくということは、素足で刀の上を渡るようなものだ」という主旨のことを、司馬遼太郎がどこかに書いていた。矛盾して聞こえるかもしれないが、個人として生きていこうとすればするほど、個人だけでは生きていけないということが分かってくる。刀の上とは言わないまでも、足の裏の冷んやりした感覚というのは確かにある。うれしくない冷たさがある一方で、夏場に板の間を素足で歩く心地良さを感じることができるのもまた確かである。
ひやひやと壁をふまへて昼寝哉 芭蕉
夏河を越すうれしさよ手に草履 蕪村
禅林の廊下うれしきしぐれ哉 蕪村
素足で生きた人間の俳句である。