先哲篇
ことば格納庫「か行」
か
海音寺潮五郎
- 「始末にこまるもの」とは誘惑の手だてなき人という意味である。『西郷隆盛』より(2004.1/1)
開高健
- 漂えど沈まず 『花終る闇』 より(2003.1/16)
- 悠々として、急げ。(2003.1/28)
貝原益軒
- 常の時よく気を養なはば、変にのぞんで勇あるべし。『養生訓』 より(2003.6/9)
- 養生の道は、病なき時つつしむにあり。病発(おこ)りて後、薬を用ひ、針灸を以って病をせむるは養生の末なり。本をつとむべし。『養生訓』より(2003.9/5)
- ただ志のなきを恥じて、財の足らざるに言を寄すべからず。(2004.4/7)
- 珍美の食に対するとも、八、九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍いあり。『養生訓』 より(2004.11/9)
- 欲多きは人のむまれ付なれば、ひかえ過すと思ふがよきほどなるべし。『養生訓』 より(2004.11/12)
- 病をうれひて益なし。只、慎むに益あり。『養生訓』 より(2004.11/17)
- 病を早く治せんとして、いそげば、かへつて、あやまりて病をます。保養はおこたりなくつとめて、いゆる事は、いそがず、其自然にまかすべし。『養生訓』 より(2005.1/6)
カイヨワ, ロジェ
- 戦争への転がる坂をくいとめるには、ものごとを基本的に考えること、つまり人間の教育が必要である。が、しかし、恐ろしく教育の欠如したこの時代にあって、あの急速に進む世界戦争に追いつかねばならないかと考えると恐怖にとりつかれないわけにはいかない。(2002.8/9)
勝見 勝
- 美の最も深い特質のひとつは、そのもろさ、はかなさ、うつろい易さである。私はグラフィック・デザインを、花火のように、噴水のように、散る桜の花のように、その「Fragilitat」の故に愛している。『グラフィックデザイン』第50号 より(2003.11/14)
金子郁容
- バルネラブルであるということは、弱さ、攻撃されやすさ、傷つきやすさであるとともに、相手から力をもらうための「窓」を開けるための秘密の鍵でもあるのだ。『ボランティア もうひとつの情報社会』 より(2003.7/3)
金子光晴
- 二十五歳の懶惰は、金色に眠つてゐる。『こがね虫』より(2004.10/22)
- よほど腹の立つことか、軽蔑してやりたいことか、茶化してやりたいことがあったときの他は今後も詩は作らないつもりです。詩集『鮫』序文より(2005.1/8)
カフカ, フランツ
- 自己認識を持っているのは、悪だけである。『八つ折判のノートから』 より(2003.2/3)
- ほんとうの敵というものからは、際限のない勇気がおまえのなかに流れこむ。『罪・苦悩・希望・ほんとうの道についての考察』より(2003.3/23)
- われわれの課題が、ちょうどわれわれの人生とおなじ大きさであることが、その課題に無限性の外観をあたえる。『夢・アフォリズム・詩』 より(2005.1/23)
カポネ, アル
- 私は大衆の恩人だ。法律で喉の渇きを癒すわけにはいかない。(2003.4/11)
カミュ, アルベール
- 絶望とは、闘う理由を知らずに、しかもまさに闘わねばならないということだ。(2003.8/23)
亀井勝一郎
- 言葉のまことの相を知るものは、また沈黙の悲痛を知るものであろう。健全な言葉は健全な沈黙に宿る。『近代の超克』所収「現代精神に関する覚書」より(2004.7/9)
- 殉ずる───これ以外にいかなる正確な認識方法があらうか。芭蕉にとって、「みる」とは「殉ずる」ことと同義語だつたのである。『近代の超克』所収「現代精神に関する覚書」より(2004.7/28)
カーライル
- 世界の歴史はすべての人間が記し、読み、理解しようとするはてしなき一冊の聖書であり、ここには、彼ら自身もまた記されている。(2002.10/12)
唐木順三
- 芭蕉の詩の世界が、観念世界でありながら、抽象に終らなかったのは、此一筋とたのんだ心のはりによるのである。『無用者の系譜』 より(2003.12/29)
河上徹太郎
- 師が弟子を生かすのではない。師が弟子の中に生きるのである。『吉田松陰』より(2004.10/8)
川端康成
- 「さいわいは短こうて、さびしさは長いのとちがいまっしゃろか」『古都』より(2004.3/27)
カーン, ルイス(建築家)
- 将来存在するものは、すでにずっと存在していた。(2003.1/11)
寒山, 拾得
- 山河茫々 山ヘ行コカ 河ヘ行コカ(寒山) 虚空燦々 空ヘ行コヨ(拾得)(2002.7/?)
き
キケロ
確かな友は不確かな境遇の下に知られる。『友情について』より(2002.7/5)
最も難しい三つのことは、秘密を守ること、他人から受けた危害を忘れること、暇な時間を利用すること。(2002.9/15)
汝自身より優れた忠告を言うものなし。(2002.12/14)
賢明な思考よりも、慎重な行動が重大である。(2002.12/23)
友情は極めて多種多様にかつ大なる便益を齎らすものではあるが、とりわけて実際にそれがあらゆるものに優るとされるのは、将来に対して明るい希望を輝かせ、気力の衰滅を防ぐ点にある。『友情について』より(2003.10/4)
長生きするにはゆっくり生きることが必要である。(2004.11/2)
岸田国士
- 一人では何も出来ぬ。だが、まず誰かがはじめなければならぬ。(2002.8/24)
北園克衛
- 個性は思考の活力を限定し獨創性の自由を束縛する。この個性の防害に抵抗し、個性の模倣的素質を破壊して作品に獨創性を與へるものは俳諧の「方法」である。『句経』 より(2004.6/5)
- 詩人は常に懐疑と不服の真只中で弾条のやうに詩に向つて居なければならない。『サボテン島』 より(2004.7/8)
紀貫之
- やまと歌は 人の心を種として 万(よろず)の言の葉とぞ成れりける 『古今和歌集』仮名序 より(2003.1/12)
ギブスン, ウイリアム
- 未来はここにある。ただし、すべての人に均等に訪れているわけではない。(2002.4/25)
ギャバン, ジャン
- 人間はね、今日のスープの味がどうだったとか、今日は三時間ばかり、一人きりになって、フラフラ歩いてみようとか‥‥そんな他愛のないことをしながら、自分の商売で食っていければ、それがいちばん、いいんだよ。(2003.6/26)
キャンベル, ジョセフ
- 冒険に出るとき、心から「やるぞ!」と言えるかどうか、それが鍵なのですよ。(2002.11/27)
ギリシャの諺
- 二つの教会に仕えようとする司祭は、そのうちの一つを裏切ることになる。(2004.9/21)
ギル, エリック
- われわれの仕事がわれわれ自身のものでなければ、それは良い仕事であるはずはない。『評論集』より(2003.5/18)
- 芸術とは技倆である。『芸術論』より(2003.11/8)
く
クインティリキス
事を行うにあたって、いつから始めようかなどと考えているときには、すでに遅れをとっているのだ。(2003.9/26)
空海
- 五大にみな響きあり。十界に言語を具す。六塵ことごとく文字なり。『声字実相義』より(2004.5/21)
- それ如来の説法は、必ず文字に籍(よ)る。文字の所在は、六塵その体なり 『声字実相義』より(2004.6/8)
九鬼周造
- 風流の滋味を味わう心はまた白露の味を味として知る心である。「風流に関する一考察」より(『「いき」の構造』所収)(2004.8/12)
じゃ。
さようなら。 『空間』より(2003.3/7)
クレー, パウル
- モーツァルトとバッハは、19世紀の作曲家よりずっとモダンだ。(2002.5/22?)
- 真理は、あらゆる要素が同時に存在することを要求する。(2002.5/26)
グールド, グレン
- 芸術の目的は、神経を興奮させるアドレナリンを瞬間的に射出させることではなく、むしろ、少しずつ、一生をかけて、わくわくする驚きと落ちついた静けさの心的状態を構築していくことである。(2004.6/7)
- 創造こそは究極の喜びであり、あらゆる分析的な思考と議論は、その喜びのために用いられなければならない。『フーガの技法』より(2004.6/17)
クロポトキン
- 相互援助は自然の法則にして生物進化の重大なる要素である。(2003.7/19)
け
ケイ, アラン
- スクイークもダイナブックも忘れよう。(子供の質問に答えて) (2002.4/26)
- たとえ科学を勉強しているときでも、基本的には芸術的といえる内部の衝動がそこにある。(2003.2/14)
ケインズ
- 投資家は、美人投票をしているようなものだ。しかし、この美人投票は、自分が一番だと思っている女性に入れるのではなくて、皆に人気がありそうな女性に投票する美人投票だ。(2002.6/21)
- 熟練した投資の社会的目的は、われわれの将来を覆い隠している時間と無知のくらい圧力を打ち破ることでなければならない。(2002.9/4)
ケネディ2世, ジョセフ・P(米下院議員)
- 議員らしさを身につけるのにかなり苦労した。今日はうっかり自分のお金を遣ってしまったよ。(2003.7/30)
ケネディ, ローズ
- 宅のお金をどう遣おうが、こちらの勝手じゃございませんか。(2003.12/7)
こ
小泉信三
共産主義というのは、オーガナイズされた嫉妬心だ。(2002.4/2)
黄 山谷
- 文章字法、よく人の心を動かす。(2003.8/9)
孔子
- 学びて時にこれを習う、亦た説(よろこ)ばしからずや。『論語』より(2002.12/5)
- 益者三友、損者三友。直を友とし、諒を友とし、多聞を友とするは益なり。便辟を友とし、善柔を友とし、便佞を友とするは損なり。『論語』より(2002.12/29)
- 父母の年は知らざるべからざるなり。一には以て喜び、一には以て懼(おそ)る。『論語』より(2003.2/2)
- 人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う。『論語』より(2003.3/22)
- 過ちて改めざる、是を過ちと謂う。『論語』より(2003.10/23)
- 君子は言に訥(とつ)にして、行ないに敏ならんことを欲す。『論語』より(2004.2/12)
- 道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与(とも)に議(はか)るに足らず。『論語』より(2004.8/11)
- 死して悔いなき者は、吾れ与(とも)にせざるなり。必ずや事に臨みて懼(おそ)れ、謀を好みて成さん者なり。『論語』述而より(2004.8/19)
- 述べて作らず、信じて古を好む。『論語』述而より(2004.9/17)
- その人のふるまいを見、その人の経歴を観察し、その人の落ちつきどころを調べたなら、その人がらは、どんな人でも隠せない。『論語』為政第二より(2004.9/23)
- 人にして遠き慮(おもんばか)り無ければ、必らず近き憂い有り『論語』衛霊公第十五より(2004.10/25)
洪自誠
- 友に交わるにはすべからく三分の侠気を帯ぶべし。人となるには一点の素心を存するを要す。『菜根譚』より(2004.3/18)
- 花は半開を看、酒は微酔に飲む、此の中に大いに佳趣あり。『菜根譚』より(2004.6/24)
- 万事に如才ないよりは、いくらか間が抜けているほうが、また、ばかていねいよりは、一本気でぶしつけ、ぶっきらぼうの方が人間として信用できる。『菜根譚』より(2004.7/17)
幸田露伴
- あけすけにいえば大抵の人はそんなに立派な天分を持っているものではないから、個性の尊重などということを自分から口にするのは自惚過ぎている訳で、個性尊重などということは他に対してこそいうべきで、自分でそんなことをいうのは自己弁護に類しており、且また修治の念のない浅慮な人であるということになるのである。(2002.6/3)
- 漢字は石のごとく日本語は糸のごとくで、石はその列(なら)べられやう畳み立てられ様である意味を成立たせるが、糸は繋がれやうである意味を成立たせる。『普通文章論』より(2002.11/5)
- 実に今の如き世に於ける対症薬としては、簡易といふことほど功能のあるものは少いであらう。『修省論』より(2004.7/20)
- 此の多数の空疏な人が顧客であれば、商品はおのづから堅実を欠く。此の多数の空疏な人が相手で有れば、工業は不親切になる。実際生活に空疏な人が顧客であれば、外観のみが美で、実質は良く無い商品でも排斥されずに済む。(中略)社会の一切の不善不良はここより生ずる。『修省論』より(2004.7/23)
- 信頼とは或時間を充たす確実さといふことを基にして成立つものである。『修省論』より(2004.8/4)
- 身が弱くても意が強ければ、一日の身あれば一日の事は成せるのである。『努力論』より(2004.8/27)
- 能く福を分つ人はけだし福を致すを得ん。福を植うる人に至っては即ち福を造るのである。植福なる哉、植福なる哉。『努力論』より(2004.8/28)
- 人生の事というものは、座敷で道中双六をして花の都に到達する如きものではない。『努力論』より(2004.9/30)
- 生活の豊富はむしろ易簡の中(うち)に存して、夫(か)の紛然雑然たるものゝ中には存して居まい。『修省論』より(2004.10/7)
- いわゆる志を立つるということは、あるものに向って心の方向を確定する意味で、いい換うれば、心の把持するところのものを定める訳なのだ。『努力論』より(2004.10/14)
高銀(コウン)
- 夕暮れの空には
歴史がある
たった一日にも長い歴史がある 『夕空』より(2004.3/15)
ゴーギャン
- 芸術は剽窃であるか、革命であるかそのいずれかだ。(2003.11/29)
コクトー, ジャン
- 装飾的様式などというものは存在したことがない。様式は魂である。そしてあいにくわれわれの場合、魂は肉体の形をとっているのだ。(2003.11/10)
ゴジラ対ヘドラのテーマ曲
- 汚れちまった海 汚れちまった空 生きものみんないなくなって 野も山もだまっちゃった。 (2003.4/29)
呉清源(碁打ち)
- 名棋譜はいつ並べても気分のよろしいものです。『呉清源棋話』より(2004.6/26)
ゴッホ
- 芸術愛は真の愛情を失わせる。(2004.3/21)
小林秀雄
- スランプになったら、よく食って、よく眠って、ただ待っているんだ。(2002.11/23)
- 美と呼ぼうが思想と呼ぼうが、要するに優れた芸術作品が表現する一種言い難い或るものは、その作品固有の様式と離すことが出来ない。『モォツァルト』より(2003.1/25)
- 海の水に慣れるように、美しい形というものには慣れなければダメなんだ。だから美しい形の海でもって人間は泳がなければいけない。『「見える」こと「書ける」』より(2003.9/30)
- 意識的なものの考え方が変わっても、意識出来ぬものの感じ方は容易に変わらない。『お月見』より(2004.6/23)
- 批評とは竟に己れの懐疑的な夢を語ることではないか、己れの夢を懐疑的に語ることではないか。『様々なる意匠』より(2004.7/3)
- 言葉といふものが、元来、自然の存在や人間への生存の最も深い謎めいた所に根を下し、其処から栄養を吸って生きてゐるといふ事実への信頼を失つては、凡そ詩人といふものはあり得ない。『ランボオIII』より(2004.8/26)