Type Project —visible, but invisible.

もっとことばを

先哲篇

ことば格納庫「か行」

海音寺潮五郎
  • 「始末にこまるもの」とは誘惑の手だてなき人という意味である。『西郷隆盛』より(2004.1/1)
開高健
  • 漂えど沈まず 『花終る闇』 より(2003.1/16)
  • 悠々として、急げ。(2003.1/28)
貝原益軒
  • 常の時よく気を養なはば、変にのぞんで勇あるべし。『養生訓』 より(2003.6/9)
  • 養生の道は、病なき時つつしむにあり。病発(おこ)りて後、薬を用ひ、針灸を以って病をせむるは養生の末なり。本をつとむべし。『養生訓』より(2003.9/5)
  • ただ志のなきを恥じて、財の足らざるに言を寄すべからず。(2004.4/7)
  • 珍美の食に対するとも、八、九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍いあり。『養生訓』 より(2004.11/9)
  • 欲多きは人のむまれ付なれば、ひかえ過すと思ふがよきほどなるべし。『養生訓』 より(2004.11/12)
  • 病をうれひて益なし。只、慎むに益あり。『養生訓』 より(2004.11/17)
  • 病を早く治せんとして、いそげば、かへつて、あやまりて病をます。保養はおこたりなくつとめて、いゆる事は、いそがず、其自然にまかすべし。『養生訓』 より(2005.1/6)
カイヨワ, ロジェ
  • 戦争への転がる坂をくいとめるには、ものごとを基本的に考えること、つまり人間の教育が必要である。が、しかし、恐ろしく教育の欠如したこの時代にあって、あの急速に進む世界戦争に追いつかねばならないかと考えると恐怖にとりつかれないわけにはいかない。(2002.8/9)
勝見 勝
  • 美の最も深い特質のひとつは、そのもろさ、はかなさ、うつろい易さである。私はグラフィック・デザインを、花火のように、噴水のように、散る桜の花のように、その「Fragilitat」の故に愛している。『グラフィックデザイン』第50号 より(2003.11/14)
金子郁容
  • バルネラブルであるということは、弱さ、攻撃されやすさ、傷つきやすさであるとともに、相手から力をもらうための「窓」を開けるための秘密の鍵でもあるのだ。『ボランティア もうひとつの情報社会』 より(2003.7/3)
金子光晴
  • 二十五歳の懶惰は、金色に眠つてゐる。『こがね虫』より(2004.10/22)
  • よほど腹の立つことか、軽蔑してやりたいことか、茶化してやりたいことがあったときの他は今後も詩は作らないつもりです。詩集『鮫』序文より(2005.1/8)
カフカ, フランツ
  • 自己認識を持っているのは、悪だけである。『八つ折判のノートから』 より(2003.2/3)
  • ほんとうの敵というものからは、際限のない勇気がおまえのなかに流れこむ。『罪・苦悩・希望・ほんとうの道についての考察』より(2003.3/23)
  • われわれの課題が、ちょうどわれわれの人生とおなじ大きさであることが、その課題に無限性の外観をあたえる。『夢・アフォリズム・詩』 より(2005.1/23)
カポネ, アル
  • 私は大衆の恩人だ。法律で喉の渇きを癒すわけにはいかない。(2003.4/11)
カミュ, アルベール
  • 絶望とは、闘う理由を知らずに、しかもまさに闘わねばならないということだ。(2003.8/23)
亀井勝一郎
  • 言葉のまことの相を知るものは、また沈黙の悲痛を知るものであろう。健全な言葉は健全な沈黙に宿る。『近代の超克』所収「現代精神に関する覚書」より(2004.7/9)
  • 殉ずる───これ以外にいかなる正確な認識方法があらうか。芭蕉にとって、「みる」とは「殉ずる」ことと同義語だつたのである。『近代の超克』所収「現代精神に関する覚書」より(2004.7/28)
カーライル
  • 世界の歴史はすべての人間が記し、読み、理解しようとするはてしなき一冊の聖書であり、ここには、彼ら自身もまた記されている。(2002.10/12)
唐木順三
  • 芭蕉の詩の世界が、観念世界でありながら、抽象に終らなかったのは、此一筋とたのんだ心のはりによるのである。『無用者の系譜』 より(2003.12/29)
河上徹太郎
  • 師が弟子を生かすのではない。師が弟子の中に生きるのである。『吉田松陰』より(2004.10/8)
川端康成
  • 「さいわいは短こうて、さびしさは長いのとちがいまっしゃろか」『古都』より(2004.3/27)
カーン, ルイス(建築家)
  • 将来存在するものは、すでにずっと存在していた。(2003.1/11)
寒山, 拾得
  • 山河茫々 山ヘ行コカ 河ヘ行コカ(寒山)  虚空燦々 空ヘ行コヨ(拾得)(2002.7/?)

キケロ
  • 確かな友は不確かな境遇の下に知られる。『友情について』より(2002.7/5)
  • 最も難しい三つのことは、秘密を守ること、他人から受けた危害を忘れること、暇な時間を利用すること。(2002.9/15)
  • 汝自身より優れた忠告を言うものなし。(2002.12/14)
  • 賢明な思考よりも、慎重な行動が重大である。(2002.12/23)
  • 友情は極めて多種多様にかつ大なる便益を齎らすものではあるが、とりわけて実際にそれがあらゆるものに優るとされるのは、将来に対して明るい希望を輝かせ、気力の衰滅を防ぐ点にある。『友情について』より(2003.10/4)
  • 長生きするにはゆっくり生きることが必要である。(2004.11/2)
  • 岸田国士
    • 一人では何も出来ぬ。だが、まず誰かがはじめなければならぬ。(2002.8/24)
    北園克衛
    • 個性は思考の活力を限定し獨創性の自由を束縛する。この個性の防害に抵抗し、個性の模倣的素質を破壊して作品に獨創性を與へるものは俳諧の「方法」である。『句経』 より(2004.6/5)
    • 詩人は常に懐疑と不服の真只中で弾条のやうに詩に向つて居なければならない。『サボテン島』 より(2004.7/8)
    紀貫之
    • やまと歌は 人の心を種として 万(よろず)の言の葉とぞ成れりける 『古今和歌集』仮名序 より(2003.1/12)
    ギブスン, ウイリアム
    • 未来はここにある。ただし、すべての人に均等に訪れているわけではない。(2002.4/25)
    ギャバン, ジャン
    • 人間はね、今日のスープの味がどうだったとか、今日は三時間ばかり、一人きりになって、フラフラ歩いてみようとか‥‥そんな他愛のないことをしながら、自分の商売で食っていければ、それがいちばん、いいんだよ。(2003.6/26)
    キャンベル, ジョセフ
    • 冒険に出るとき、心から「やるぞ!」と言えるかどうか、それが鍵なのですよ。(2002.11/27)
    ギリシャの諺
    • 二つの教会に仕えようとする司祭は、そのうちの一つを裏切ることになる。(2004.9/21)
    ギル, エリック
    • われわれの仕事がわれわれ自身のものでなければ、それは良い仕事であるはずはない。『評論集』より(2003.5/18)
    • 芸術とは技倆である。『芸術論』より(2003.11/8)

    クインティリキス
  • 事を行うにあたって、いつから始めようかなどと考えているときには、すでに遅れをとっているのだ。(2003.9/26)
  • 空海
    • 五大にみな響きあり。十界に言語を具す。六塵ことごとく文字なり。『声字実相義』より(2004.5/21)
    • それ如来の説法は、必ず文字に籍(よ)る。文字の所在は、六塵その体なり 『声字実相義』より(2004.6/8)
    九鬼周造
    • 風流の滋味を味わう心はまた白露の味を味として知る心である。「風流に関する一考察」より(『「いき」の構造』所収)(2004.8/12)
    草野心平
    • 中原よ。
    •  地球は冬で寒くて暗い。
     じゃ。  さようなら。    『空間』より(2003.3/7)
    クルティウス, クイントゥス
    • 急げば急ぐほどおくれる。(2003.8/16)
    クレー, パウル
    • モーツァルトとバッハは、19世紀の作曲家よりずっとモダンだ。(2002.5/22?)
    • 真理は、あらゆる要素が同時に存在することを要求する。(2002.5/26)
    グールド, グレン
    • 芸術の目的は、神経を興奮させるアドレナリンを瞬間的に射出させることではなく、むしろ、少しずつ、一生をかけて、わくわくする驚きと落ちついた静けさの心的状態を構築していくことである。(2004.6/7)
    • 創造こそは究極の喜びであり、あらゆる分析的な思考と議論は、その喜びのために用いられなければならない。『フーガの技法』より(2004.6/17)
    クロポトキン
    • 相互援助は自然の法則にして生物進化の重大なる要素である。(2003.7/19)

    ケイ, アラン
    • スクイークもダイナブックも忘れよう。(子供の質問に答えて) (2002.4/26)
    • たとえ科学を勉強しているときでも、基本的には芸術的といえる内部の衝動がそこにある。(2003.2/14)
    ケインズ
    • 投資家は、美人投票をしているようなものだ。しかし、この美人投票は、自分が一番だと思っている女性に入れるのではなくて、皆に人気がありそうな女性に投票する美人投票だ。(2002.6/21)
    • 熟練した投資の社会的目的は、われわれの将来を覆い隠している時間と無知のくらい圧力を打ち破ることでなければならない。(2002.9/4)
    ゲーテ
    • 悪趣味な者に技術が結びつくと、これより恐ろしい芸術の敵はない。(2002年2月)
    • どんなに賢明なことでも既に考えられている。それをもう一度考えてみる必要があるだけだ。(2002年2月)
    • 不正なことが、不正な方法で除かれるよりは、不正がおこなわれている方がまだいい。(2002年2月)
    • 古いものは古いから古典的なのではなく、強く生き生きとして、快活で、健康的だから、古典的なのである。(2002年2月)
    • 義務の重荷からわれわれを解放することのできるのは、良心的な実行だけである。(2002年2月)
    • 誰でも真面目な仕事をすれば真面目になる。(2002年3月)
    • 現在こそは、頼もしい女神である。(2002年3月)
    • 人は、少女については、そのあるところのものを愛し、少年については、それが予想させるものを愛する。『詩と真実』より(2002年3月)
    • 不機嫌というやつは怠惰とまったく同じものだ。『若きウェルテルの悩み』より(2002年3月)
    • 人間は、なんと知ることの早く、おこなうことの遅い生き物だろう!『イタリア紀行』より(2002年3月)
    • 人間は、不可解なものも理解できるという信念を持ち続けなければならない。さもないと、探究をしなくなるだろう。(2002年3月)
    • 何もできない日や時には、後になって楽しめないようなものを作ろうとするより、ぶらぶらして過ごしたり、寝て過ごす方がいい。
    • (2002年3月)
    • 焦りと後悔は何の役にも立たない。焦りは新たな焦りを呼び、後悔は新たな後悔を生む。(2002年3月)
    • 大切なことをつまらぬものの犠牲にしてはならない。(2002.4/16)
    • 見識の代わりに知識を持ち出す人々がある。(2002.4/18)
    • 思慮を欠いた事をすると、始終、逃げ道はないかと探していなければならない。(2002.4/22)
    • 仕事の奥にひそむ困難というものを少しも理解しないで、いつも自分にやれそうにもないことばかり企てようとするのが、ディレッタントのディレッタントたるゆえんなのだ。(2002.5/6)
    • 野蛮であるということは、すぐれたものを認めないということではないか。(2002.5/16)
    • すべての芸術に先立って手仕事がなければならない。(2002.5/22)
    • 芸術には、すべてを通じて血統というものがある。巨匠をみれば、つねにその巨匠が先人の長所を利用していて、そのことが彼を偉大にしているのだということがわかる。(2002.6/3)
    • 大切なことは、ただその思想、その着想、その行為に、生命があるかどうか、後々まで生命を持ちつづけられるかどうかだ。(2002.6/12)
    • 感覚は欺かない。判断が欺くのだ。『格言と反省』より(2002.6/13)
    • 思想というものは、多かれ少なかれ、すべての人間に生まれながらにそなわっているものだから、問題はその取り扱いかたと仕上げのいかんにあるわけだ。(2002.6/23)
    • 空はどこに行っても青いということを知るために、世界をまわって見る必要はない。『格言と反省』より(2002.6/26)
    • 実り多いものだけが真実である。(2002.7/1)
    • あまりに多くを望むもの、錯綜したものを喜ぶものは、邪道に陥り勝ちである。『格言と反省』より(2002.7/2)
    • 仕事は仲間を作る。『格言と反省』より(2002.7/14)
    • 何かを書こうと思うのなら、決して誰にも聞いてはならない。(2002.7/23)
    • 蚕は糸を紡ぐにつれ、だんだん死に近づいてゆくが、それでも糸を紡がずにはいられないのだ。(2002.8/11)
    • 今後は何らかの芸術あるいは手工芸に留意しないものは不幸であろう。知識はこの目まぐるしい世の中ではもはや糧にならない。すべてのことに注意しきれないうちに、自分自身を失ってしまう。(2002.8/31)
    • 誠実に君の時間を利用せよ。何かを理解しようと思ったら、遠くを探すな。(2002.9/19)
    • われわれはただ、黙々と正しい道を歩みつづけ、他人は他人で勝手に歩かせておこう。それが一番いいことさ。『ゲーテとの対話(上)』より(2002.9/22)
    • どんなつまらない雑草でも花でも、懐かしい日記の一片となり得るのである。それは、幸福な瞬間の思い出を呼び返すものは、一つとして無意義ではあり得ないからである。『詩と真実』より(2002.9/23)
    • 才能は静けさの中で作られ、性格は世の激流の中で作られる。『タッソー』より(2002.9/27)
    • 安楽で上品な家具を身のまわりにおくと、考えがまとまらず、気楽な受動的状態になってしまうのだ。若いときからそうした環境になれているなら別だが、きらびやかな部屋や、しゃれた家具とかいったものは、思想ももたず、また、もとうともしない人たちのためのものだよ。(2002.9/29)
    • 適当な答えは愛らしいキスのようだ。『格言と反省』より(2002.10/9)
    • あらゆることにおいて公平であるということは愚かしいことである。それは自我を破壊するというものである。『タッソー』より(2002.10/11)
    • 物のわかった賢明な人々が、老年になって学問を軽んずるとしたら、それは彼らが学問と自身とに要求するところが多すぎたからである。『格言と反省』より(2002.10/14)
    • 表面的な効果のある題材を追いかけていると、いっそう深い研究や、才能と人格の段階的で徹底的な開発は、まったくおろそかになってしまう。これこそ、才能のある人にとっては最大の損害だ。(2002.10/16)
    • 人間は、何を滑稽だと思うかということによって、何よりもよくその性格を示す。『格言と反省』より(2002.10/17)
    • 趣味というものは、中級品ではなく、最も優秀なものに接することによってのみつくられる。(2002.10/20)
    • 芸術も人生と同じく、深く入りこめば入りこむほど、広くなるものである。『イタリア紀行』より(2002.10/23)
    • 若い時は興味が散漫なため忘れっぽく、年をとると、興味の欠乏のため忘れっぽい。『温順なクセーニエン』より(2002.11/2)
    • 外国語を知らない者は、自国語についても無知である。(2002.11/3)
    • ある人々にはそのことば癖をゆるさなければならない。『格言と反省』より(2002.11/6)
    • 知るに値せぬものや、知り得ぬものに携わることによって、学問は非常に阻止される。『格言と反省』より(2002.11/10)
    • ほんとうにたくさんの矛盾のうなっているところを私は何よりも好んでさすらう。『温順なクセーニエン』より(2002.12/17)
    • ディレッタントの誤り。それは、空想と技術を直接に結びつけようとするところにある。『格言と反省』より(2002.12/18)
    • 自分を一つの手のわざに局限すること、これが最善だ。一ばんすぐれたものは一つをすることによって一切をするのだ。『格言と反省』より(2002.12/22)
    • 考察においても行動においても、到達し得るものと到達し得ないものとを区別しなければならない。『格言と反省』より(2002.12/27)
    • 道理にかなったことをしようと心がけたことがないばかりに、全然あやまちを犯すことのない人がある。『格言と反省』より(2003.1/6)
    • 我々は皆喋りすぎる。我々は喋るのを少くして、もっと描かなければいけない。(2003.1/26)
    • 古い基礎を人々は貴ぶが、同時にどこかで再び初めから基礎を築きだす権利を放棄してはならない。『格言と反省』より(2003.2/1)
    • 人間の持つものの中で、自分自身に基礎をおかぬ力ほど不安定で、はかないものはない。『格言と反省』より(2003.2/6)
    • 最高の幸福の瞬間にも極度な逆境の瞬間にも、われわれは芸術家を必要とする。『親和力』より(2003.2/21)
    • 人間の作品においても、自然の作品においても、本来特に注目に値するのは、その意図である。『格言と反省』より(2003.2/24)
    • 最後の一筆がなし得ることを、最初の一筆が既にはっきりと表さなければならない。『格言と反省』より(2003.3/2)
    • 自分の好きなように世界を知るがいい。世界は常に昼の側と夜の側とを持っているだろう。『格言と反省』より(2003.3/6)
    • 人間の最大の価値は、外界に左右されず、外界を左右することである。(2003.3/10)
    • すべては等しく、すべては等しくない。すべては有益であり、かつ有害である。すべては語ると同時に無言であり、理性的であると同時に非理性的である。人が個々の事がらについて表白することはしばしば相矛盾する。『格言と反省』より(2003.3/13)
    • 人間は、生来のものであるばかりでなく、獲得されたものでもある。『格言と反省』より(2003.3/29)
    • 記憶は消えてしまってもよい。現在の瞬間の判断があやまらなければ。『格言と反省』より(2003.4/1)
    • なんじが終わりえないことが、なんじを偉大にする。『西東詩編』より(2003.4/2)
    • 文学は、人間が堕落する度合いだけ堕落する。(2003.4/14)
    • 現代は、誰も沈黙してはならない。誰も負けていてはならない。わたしたちはどしどし物を言い、積極的にうごくのだ。(2003.5/13)
    • 不可能であるがゆえにこそ、信ずるに値する。『ファウスト』より(2003.5/20)
    • 素材はだれの前にでもころがっている。内容を見いだすのは、それに働きかけようとする者だけだ。形式はたいていの者にとって一つの秘密だ。『格言と反省』より(2003.5/23)
    • 類推によってものを考えるのは、べつに悪いことでない。類推は尽きることがなく、最終的なものを決して求めないという美点を有している。『箴言と省察』より(2003.5/26)
    • 普遍と特殊とは重なりあっている。特殊とは、それぞれ別々の条件のもとにあらわれた普遍のことにほかならない。『箴言と省察』より(2003.5/30)
    • 最善をなそうと思ったら自分自身に安住していないで、名人の心に従え。名人と共に迷うのは得るところがある。『格言と反省』より(2003.6/12)
    • ある知識や学問に進むのにどの側から入るか、どの門を通ってゆくかによって大きな違いが生じてくる。『色彩論』序より(2003.6/13)
    • 人が旅行するのは到着するのが目的ではなく、旅をするためである。(2003.7/2)
    • 大いなる仕事をなさんとするなら、生涯、青年でなくてはならない。(2003.7/18)
    • 人間は常に迷っている。迷っている間は常に何かを求めている。(2003.7/20)
    • 自然は一冊の書物である。不可解であり、しかも歴然と明白なるもの。(2003.7/22)
    • 急ぐべからず、されど休むべからず。(2003.7/31)
    • 私は人間だった。それは戦う者だということを意味している。(2003.8/4)
    • 人間というものは、自分の欲するままにどちらに向こうと、どんなことを企てようと結局はいつでも、自分によってあらかじめ計画された道にもどってくる。(2003.8/11)
    • そうだ。私はただ一個の旅人。地上の巡礼たるに過ぎない。君たちは、はたしてそれ以上のものたりうるか。(2003.9/2)
    • 大学は生活に充分生き生きと働きかけないと言って人々は不平を言う。しかし、それは大学に関係したことではなく、学問の取り扱い方全体に関係することである。『格言と反省』より(2003.9/24)
    • だれでも話しているので、それでもうことばについて語る資格があるように思っている。『格言と反省』より(2003.10/17)
    • 立法者にしろ革命家にしろ、平等と自由とを同時に約束する者は、空想家か、さもなくば山師だ。(2003.11/7)
    • 動揺する時代に気持ちまで動揺する人間は災いを増やすばかりか、それをますます拡げてしまいます。しかしおのが志を固く守る者は、みずからの世界を建設するのです。(2003.11/28)
    • 挨拶の仕方で、一人ひとりの教育がわかる。(2003.12/4)
    • 類推に際しては、二つの陥穽に注意しなければならない。たとえば機智におぼれたら、すべては水泡に帰してしまうだろう。第二の陥穽は、言葉の綾や譬喩で身をくるんでしまうことである。『箴言と省察』より(2004.1/11)
    • 汝が父祖より継ぎ来たりし宝を、はたらき取りて、その主となれ『ファウスト』より(2004. 2/22)
    • あらゆる事実がすでに理論であると知ることこそ最上のことであろう。『箴言と省察』より(2004.3/9)
    • 世の中の事はなんでも我慢できるが、幸福な日の連続だけは我慢できない。(2004.4/3)
    • 人間は、努力をする限り、迷うものだ。『ファウスト』より(2004.4/12)
    • たいていの人間は大部分の時間を、生きんがために働いて費す。そして、わずかばかり残された自由はというと、それがかえって恐ろしくて、それから逃れるためにありとあらゆる手段を尽くす。『若きウェルテルの悩み』より(2004.4/30)
    • 完全は天ののっとるところ、完全なものを望むのは、人ののっとるところ。『格言と反省』より(2004.5/8)
    • ふとんの長さに従ってからだを伸ばさぬ者は、足がむき出しになる。『格言的』より(2004.5/16)
    • 頭がすべてだと考えている人間の哀れさよ!「ヘルダーへ」『ゲーテ格言集』より(2004.8/13)
    • 試練は年齢と共に高まる。『格言と反省より』(2004.8/15)
    • 心をよみがえらす泉は自分の胸中からわいてこねば、心身をよみがえらすことはできない。『ファウスト』第一部より(2004.8/21)
    • 詩なんてものは、傑作であるか、さもなくば、全然存在してはならない。『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』より(2004.8/22)
    • 目標に近づくほど、困難は増大する。『親和力』より(2004.8/31)
    • 現象の背後にものを求めようとするな。現象そのものが学理なのだ。『格言と反省』より(2004.9/7)
    • 人生は注意だ!‥‥有用なものから真を通して美へ。『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』より(2004.10/15)
    • 制限の中に初めて名人が現れる。そして法則のみが、われわれに自由を与えることができる。『ゲーテ格言集』より(2004.11/11)
    • 一つ所に執着するな。元気よく思いきって、元気よく出でよ!『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』より(2004.11/17)
    • 足場は作業する人になくてはならない。ただ作業する人は足場を建物だと思ってはならない。『格言と反省』より(2004.11/19)
    • 自分自身をなくしさえせねばどんな生活を送るもよい。すべてを失ってもいい、自分のあるところのものでいつもあれば。『西東詩編』より(2004.12/26)
    • 完成するためには、能力のほかに何よりも機会が必要である。『ゲーテ格言集』より(2004.12/29)
    • 毎日を生きよ。あなたの人生が始まった時のように。(2005.1/28)
    ケネディ2世, ジョセフ・P(米下院議員)
    • 議員らしさを身につけるのにかなり苦労した。今日はうっかり自分のお金を遣ってしまったよ。(2003.7/30)
    ケネディ, ローズ
    • 宅のお金をどう遣おうが、こちらの勝手じゃございませんか。(2003.12/7)

    小泉信三
  • 共産主義というのは、オーガナイズされた嫉妬心だ。(2002.4/2)
  • 黄 山谷
    • 文章字法、よく人の心を動かす。(2003.8/9)
    孔子
    • 学びて時にこれを習う、亦た説(よろこ)ばしからずや。『論語』より(2002.12/5)
    • 益者三友、損者三友。直を友とし、諒を友とし、多聞を友とするは益なり。便辟を友とし、善柔を友とし、便佞を友とするは損なり。『論語』より(2002.12/29)
    • 父母の年は知らざるべからざるなり。一には以て喜び、一には以て懼(おそ)る。『論語』より(2003.2/2)
    • 人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う。『論語』より(2003.3/22)
    • 過ちて改めざる、是を過ちと謂う。『論語』より(2003.10/23)
    • 君子は言に訥(とつ)にして、行ないに敏ならんことを欲す。『論語』より(2004.2/12)
    • 道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与(とも)に議(はか)るに足らず。『論語』より(2004.8/11)
    • 死して悔いなき者は、吾れ与(とも)にせざるなり。必ずや事に臨みて懼(おそ)れ、謀を好みて成さん者なり。『論語』述而より(2004.8/19)
    • 述べて作らず、信じて古を好む。『論語』述而より(2004.9/17)
    • その人のふるまいを見、その人の経歴を観察し、その人の落ちつきどころを調べたなら、その人がらは、どんな人でも隠せない。『論語』為政第二より(2004.9/23)
    • 人にして遠き慮(おもんばか)り無ければ、必らず近き憂い有り『論語』衛霊公第十五より(2004.10/25)
    洪自誠
    • 友に交わるにはすべからく三分の侠気を帯ぶべし。人となるには一点の素心を存するを要す。『菜根譚』より(2004.3/18)
    • 花は半開を看、酒は微酔に飲む、此の中に大いに佳趣あり。『菜根譚』より(2004.6/24)
    • 万事に如才ないよりは、いくらか間が抜けているほうが、また、ばかていねいよりは、一本気でぶしつけ、ぶっきらぼうの方が人間として信用できる。『菜根譚』より(2004.7/17)
    幸田露伴
    • あけすけにいえば大抵の人はそんなに立派な天分を持っているものではないから、個性の尊重などということを自分から口にするのは自惚過ぎている訳で、個性尊重などということは他に対してこそいうべきで、自分でそんなことをいうのは自己弁護に類しており、且また修治の念のない浅慮な人であるということになるのである。(2002.6/3)
    • 漢字は石のごとく日本語は糸のごとくで、石はその列(なら)べられやう畳み立てられ様である意味を成立たせるが、糸は繋がれやうである意味を成立たせる。『普通文章論』より(2002.11/5)
    • 実に今の如き世に於ける対症薬としては、簡易といふことほど功能のあるものは少いであらう。『修省論』より(2004.7/20)
    • 此の多数の空疏な人が顧客であれば、商品はおのづから堅実を欠く。此の多数の空疏な人が相手で有れば、工業は不親切になる。実際生活に空疏な人が顧客であれば、外観のみが美で、実質は良く無い商品でも排斥されずに済む。(中略)社会の一切の不善不良はここより生ずる。『修省論』より(2004.7/23)
    • 信頼とは或時間を充たす確実さといふことを基にして成立つものである。『修省論』より(2004.8/4)
    • 身が弱くても意が強ければ、一日の身あれば一日の事は成せるのである。『努力論』より(2004.8/27)
    • 能く福を分つ人はけだし福を致すを得ん。福を植うる人に至っては即ち福を造るのである。植福なる哉、植福なる哉。『努力論』より(2004.8/28)
    • 人生の事というものは、座敷で道中双六をして花の都に到達する如きものではない。『努力論』より(2004.9/30)
    • 生活の豊富はむしろ易簡の中(うち)に存して、夫(か)の紛然雑然たるものゝ中には存して居まい。『修省論』より(2004.10/7)
    • いわゆる志を立つるということは、あるものに向って心の方向を確定する意味で、いい換うれば、心の把持するところのものを定める訳なのだ。『努力論』より(2004.10/14)
    高銀(コウン)
    • 夕暮れの空には
    •  歴史がある  たった一日にも長い歴史がある  『夕空』より(2004.3/15)
    ゴーギャン
    • 芸術は剽窃であるか、革命であるかそのいずれかだ。(2003.11/29)
    コクトー, ジャン
    • 装飾的様式などというものは存在したことがない。様式は魂である。そしてあいにくわれわれの場合、魂は肉体の形をとっているのだ。(2003.11/10)
    ゴジラ対ヘドラのテーマ曲
    • 汚れちまった海 汚れちまった空 生きものみんないなくなって 野も山もだまっちゃった。 (2003.4/29)
    呉清源(碁打ち)
    • 名棋譜はいつ並べても気分のよろしいものです。『呉清源棋話』より(2004.6/26)
    ゴッホ
    • 芸術愛は真の愛情を失わせる。(2004.3/21)
    小林秀雄
    • スランプになったら、よく食って、よく眠って、ただ待っているんだ。(2002.11/23)
    • 美と呼ぼうが思想と呼ぼうが、要するに優れた芸術作品が表現する一種言い難い或るものは、その作品固有の様式と離すことが出来ない。『モォツァルト』より(2003.1/25)
    • 海の水に慣れるように、美しい形というものには慣れなければダメなんだ。だから美しい形の海でもって人間は泳がなければいけない。『「見える」こと「書ける」』より(2003.9/30)
    • 意識的なものの考え方が変わっても、意識出来ぬものの感じ方は容易に変わらない。『お月見』より(2004.6/23)
    • 批評とは竟に己れの懐疑的な夢を語ることではないか、己れの夢を懐疑的に語ることではないか。『様々なる意匠』より(2004.7/3)
    • 言葉といふものが、元来、自然の存在や人間への生存の最も深い謎めいた所に根を下し、其処から栄養を吸って生きてゐるといふ事実への信頼を失つては、凡そ詩人といふものはあり得ない。『ランボオIII』より(2004.8/26)