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書籍案内

最近読んだ本 2002年3月

『「良い仕事」の思想』 杉村芳美 中公新書 1997

勤勉は果たして美徳か。この問いに即答できる人がどれだけいるだろう。イエスと答えれば、たちまち、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの禁欲的な職業倫理が今日の産業社会における経済効率主義をもたらした」という指摘に向かわなくてはならないし、さらには、「多忙な怠惰」というセネカの辛辣な言葉も待っている。
今日的な課題ともいえる職業倫理の問題を、著者はまずソクラテスまで遡り、過去の思索を丹念に辿りながら、現代における「良い仕事」の条件を明らかにしていく。よく働くことと、家庭を充実させること、さらには地域とのつながりを持つことをいかに無理なくおこなうか、現代社会に生きる多くの人がその方法を模索している。模索はまだ始まったばかりで、個々人のなかに成功例が見受けられるようになったものの、いまだ社会全体として機能しているとはいいがたい。そんな時代に生きる人たちにとって、本書は、職業倫理を考えるうえで格好のテキストになるだろう。
職人仕事についても、後半部のページが割かれているので、ものづくりに携わる人にとっては得るところがあるはずだ。職人仕事を持ち上げる風潮に対して、慎重な姿勢を崩さない著者の態度には好感がもてる。外部とのつながり、つまり経済と折り合いのつかない職人仕事は、どうあがいても消えていくしかない。逆にいえば、折り合いがつくような工夫をすれば、どんな職人仕事だって生き残ることができるとも受け取れる。
ユートピア人ウイリアム・モリスと、彫刻家エリック・ギルの思想にも「良い仕事と芸術」という一章が設けられている。ともにタイプデザインの分野でも名をなしたマイスターである。そういえば二人の容貌もどことなく似ている。いや、あの立派な鬚(あごひげ)は、グーテンベルクへの纉仰のあらわれか。(2002.3/6)

グーテンベルク、ウイリアム・モリス、エリック・ギルの功績を圧縮して読むなら『グーテンベルクの鬚』(大輪盛登 筑摩書房1988)が手軽。光悦まで肩を並べている。


『プロフェッショナルの条件』 P・F・ドラッカー ダイヤモンド社 2000

論旨はいたって明解。100年前までは、労働人口の90〜95%が肉体労働者で、50歳に達するころには、彼らの労働寿命は尽きていた。これに対して、今日の知識労働者の労働寿命は、彼らの雇用主たる組織の寿命より長い。だから、個人は組織より長生きすることを念頭におかなければならない。第二の人生を用意せよ、と。
雇用不安を意図的にあおって、組織から個人をはじき出す巧妙な手口もあるので、第二の人生などというものを安易に捉えるべきではない。が、ドラッカーの指摘する現代における労働者の「労働寿命の長さ」という点は、男女国籍を問わず軽視できない事実ではある。ドラッカーといえば、バリバリの企業向けコンサルタントという趣きがあり、当然その著書も企業社会を中心に据えた経営者向けのものが多い。本書は、「はじめて読むドラッカー〈自己実現編〉」という少々恥ずかしいシリーズ・タイトルなのだが、自分が属する組織に対して不安や疑念を持っている人にとっては、何らかの知見が得られるのではないかと思う。しかし、大いに納得させられるのと同時にかなり独断にも満ちている。カッコ内は僕の呟きです。

1. 成果第一主義(道端にその人にとって大事なものが落ちていることが多い)
2. 第二の人生を用意せよ(人生の切り替えがそうスムーズにいくはずはなく、思いきった転身ほど苦痛は甚だしい)
3. 生産的であることがよい人間関係の唯一の定義(友人を失うだろう)

ドラッカーの口調がかなり説得力に富んでいるので、あまり刺激を受けないようにお茶でも飲みながら、気を落ち着かせてお読みいただきたい。会社に見切りをつけたくなっている人は特に。(2002.3/1)


最近読んだ本 2002年2月

『家族という名の孤独』 斎藤 学 講談社 1995

この本を読んで、ぎくっとしない妻帯者(特に子持ちの人)がいたら大したものだ。私は随所で縮みあがった。いやいや、読みものとしても退屈させない構成になっているし、著者の経験に基づいたエピソードが巧みに織りまぜられているので、ぎくっとできる資格を持っていない人にとっても面白い本に違いない。次のような人も、本書を読む資格は十分にある。自分が健全だということに何の疑問も持たない人。何かひとつのことだけに依存する度合いが高い人(これは私もあてはまる)。男らしい男、良妻賢母、物分かりいい子供、実はそうとうに危うい。容赦ない指摘に、むしろ著者の「情け」すら感じる。まえがきからしてこんな具合だ。

「日本の男は家というもの、女というものについて根本的な思いちがいをしてきたのではないか。女に世話してもらいたい、帰りを待っていてもらいたい、誉めてもらいたいなどというのが日本の男であるのなら、日本の女がそんな甘ったれと一緒になって子どもを育てることに情熱を失うのも、もっともなことである。」(まえがきより)

著者は、アルコール依存、児童虐待、過食症に悩む人たちと接してきた「行動する精神科医」。この本を読んでぎくっとしなかったあなた。よほど進んでいるか、遅れているかのどちらかです。(2002.2/28)