朝は適当に起きます。目覚まし時計は持っていますが、使うことはほとんどありません。天候や妻の健康状態によっては五歳の長男を会社の近くの幼稚園におくっていき、だいたい九時までには出社します。会社と家とが近いので昼食は家族と家で食べます。夕方遅くとも六時には帰宅します。
去年は上達が速かったのですが、いまは頭打ちといった感じで、自分でも怠けているなと反省しているところです。買い物・医者などがどうにかこなせるようになってはいますが、長男の幼稚園に行くと、ああ自分の語学力は幼稚園児程度かなと思います。
すべての力の源です。
最初めずらしがっていろいろドイツ料理を食べましたが、慣れてくると塩っぱすぎるものを避けるようになりました。パンとチーズは種類も豊富で安いので、おいしいパンを探したりチーズとの組み合わせを楽しんだりしているところです。
こっちにくる前は英語圏の本を中心に勉強してきたので、文字や書体の知識も英語圏のものに片寄りがちでした。ドイツ語圏はまた別の、独特の文字の文化を持っていることを実感しています。それは本のなかというよりは、ふだんの生活の中で目にするちょっとしたところで気づくので、毎日が発見の連続です。
ヨーロッパでは3〜4ヵ国語は話せるという人が珍しくありません。だからセミナーやコンファレンスなどがどこかであると、みんなどんどん出かけていって情報を集めたり宣伝したりしている。みなさん行動力があります。
個人的に使うのは自分の書体 Clifford です。まずいところがないかどうか点検のためでもあります。社用でデザイナーに連絡をとるときに使うのは、これは社内で統一されていてLinotype Univers です。やはり Linotype Univers はしっかり作ってある良い書体です。
書体はすべて気になります、新しくて名前も知らないようなものでも、どこでも目にするものでも。いま仕事の関係上、サンセリフ体を気にしていることが多いようです。
社内で開く書体選定会議では長くても数分単位で応募された書体の良し悪しを判断しているので、書体に対する目がより厳しくなったと思います。また英語ではめったに見られないような長い単語や文字の意外な組み合わせを目にするのが楽しみです。単語の形が英語圏とは違うのです。書体デザイナーは、文字をひとつひとつ作っていくだけが仕事ではなく、実際はマシュー・カーター氏の言うとおり「単語デザイナー」なのです。だから単語の形が違うのは面白く、刺激になります。先日スーパーマーケットのチラシでベッド用シーツを意味する単語「Betttuecher」(正確にはue の部分はu の上にウムラウト)を見つけました。数年前のドイツの正書法改正以後ドイツ語では同じ文字が三回連続することはあたりまえです。以前は三回連続は煩雑になるので二つに省略していたのですが、Bett(ベッド)と tuecher(布)を組み合わせたら理屈ではそうなるからだというのです。その単語はFutura のボールド体で組んであって t が三回続く部分はまるでフェンスか何かのようで、これは英語圏では味わえなかったことです。
「スタンダードの地位を築いた」書体がけっして品質的にすぐれているわけではない、これは私がフリーランスの時代からずっと思っていることです。「間に合わせ」というと言葉は悪いがそんな感じさえ抱かせる書体もなかにはあります。DTPの環境は年々飛躍的に進歩している。一方でデジタル書体は十五年前のソフトウェアやプリンタに向けたものをそのまま使っている。考えてみれば大変おかしなことなので、ライノタイプ社がプロ向けのフォントをまったく土台から作り直しているのは理にかなっているわけです。先頃もOptima nova についてのインタビュー記事の協力依頼がアメリカのグラフィック雑誌「STEP」からあり、原稿の校正が手許にあります。デジタルになって活字鋳造機や写植機の機構的な制約から解放されたのに、いつまでも不自然さを感じさせる活字のデザインを引きずっている必要はないという社の方針を明確に書いてくれてそれについての解説も細かくついています。
ひとことで言えば、よりエレガントに、より使いやすくなりました。以前の Optima の字間のまずい点を徹底的に洗い出して改良しました。これまでの Optima を使っていたグラフィック・デザイナーは字並びの調整に苦労していたのではないでしょうか。タイプ・ディレクターとして Optima 改刻にあたって一番先に考えたのは、機械的な制約がなくなった今、Optima はどういうデザインであるべきか、ということです。今回の改刻で、活字本来のデザインに戻したほうがいい文字はそうしましたし、またある文字はまったく新しいかたちにしてあります。コンデンス体などこれまでになかったバリエーションも付け加えました。プロのデザイナーが組んでみて満足のいく、Zapf 氏が望んでいたとおりの Optima を作ることができました。古い書体の単なる焼き直しでないことは、プロの方にはわかっていただけると思います。
Zapf 氏と組んでの仕事のつぎは、もうひとりの書体デザイン界の巨人と組みます。
まず、日本語の書体デザイン界では画期的なことです。海外ではこうしたことは百年前からありましたし日本でも新聞社が自社のフォントを開発することは前からありましたが、一雑誌が独自のフォントで組まれるというのはそれだけで日本の書体デザイン界の歴史に残る重要な仕事でした。
まず基本的な画線の太さが違います。日本語の標準的な本文用書体は欧文のそれと比べてだいぶ細めに作られます。ローマン体ではこの点がはっきりわかります。だからリュウミンのような明朝体に Times Roman のような黒みの強い書体を組み合わせても欧文の部分ばかり目立ってしまいます。つぎに字間です。日本語の標準的な本文用書体は仮名が小さめに設計されていて、それを普通は字間ベタで組む。文章を見ると仮名どうしの間に広い空きがあって、それも一定でなく密度が多少ばらついている。通常の文章では仮名のほうが漢字より頻繁に出てくるので私達はその仮名どうしの間の広い空きに慣れている。だから仮名に合わせても調和するよう、和欧混植のなかの欧文書体の場合は字の間は広めに設計します。
書体の評価は比較するとわかりやすいのです。それまでの新ゴシックとくらべるとAXISフォントは格段にいい。たぶん今の読者は前の新ゴシックにもどしたら面喰らってしまうでしょう。欧文としてのAXISフォントのユニークな点としては、これまでの和文書体付属の欧文にはない新しい雰囲気を持っていることです。写植の時代には日本語書体のなかの欧文といえば、明朝体はセンチュリーに似たもの、ゴシック体はヘルベチカに似たもの、と相場が決まっていました。デジタルの時代になって変わってきてはいましたがわりと控えめな味付けのものが主流でした。良くも悪くもあたりさわりのない欧文書体というわけです。AXISフォントの欧文のユニークな点は基本的にその流れとは別の目的、ある種のヨーロッパ的な雰囲気を作り上げるという目的を持っていた点です。雑誌の内容が限定されていて、鈴木功さんの意図も明確であったからこそ実現したのです。
サンセリフの特性を活かしてウルトラライトを作り、それを誌面で使用した時の効果も充分考えて「デザイン誌らしさ」を表現するのに成功した書体です。見出しに使った場合にスッキリと現代的でありながら、本文にしたときにも落ち着いている。もちろん万能と言うわけにはいきませんが、「AXIS」のようなデザイン誌を組むのには一番ふさわしい書体です。
私は未だに英語も中途半端でドイツ語も幼稚園児なみなので、よけいなところに手間取ることがあります。これからは日本語を含めて数ヵ国語が子供の時から話せる人がたくさん出てくる。その人たちに海外の知識も吸収して書体デザイナーになってほしい、もうそうなりつつあるのでしょうが。海外の出版物やデザイナーから得る知識はとても貴重です。和文専門にするにしても、書体についていろんな方向から考えることができるのはいいことです。
ひとりだけあげると、Joachim Muller-Lance です。彼は私の反対で、ドイツ人なのに日本語を一生懸命勉強して日本語の書体を作っていくつも賞をとっています。つい最近もモリサワの書体コンテストで審査員賞をとりました。タイプファウンドリーでとびぬけて注目に値する、というのは今はないのでは?常にまんべんなく見ているのがいいようです。
今は活字の時代と違って、たったひとりでもコツコツとやって大きなファミリーを完成させ販売することが可能ですから、新書体の開発という点では大きな違いはないと思います。ただライノタイプのような大きいファウンドリーは、Helvetica や Univers のような昔からのいわゆる「定番」の書体の版権を持っているので改刻や活字書体のリバイバルができます。私はモノタイプ社に「定番」書体の改刻を期待したいのですが、残念ながらしばらくはそういったことはなさそうです。
けっこう知られている本なので、もう御存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、Walter Tracy 著「Letters of Credit(Gordon Fraser, London 1986)」です。デジタル以前のタイプデザインについて一册だけ選べといわれたら、私は躊躇せずにこれを選びます。活字鋳造機や写植機の機構的な制約についても書いてあるし、文字の字間(スペーシング)のことについても実にわかりやすく説明されています。
たくさんいいものを見て、それを頭の中に入れておくことだと思います。いいものとそうでないものをどうやって見分けるか、それは第一には自分でペンでも平筆でも持って文字を書いてみること。つぎに書体デザインの本をたくさん見ること。見分けかたのヒントがたくさん書いてあります。
もちろん書体全般の知識は必要です。名前だけでなく、誰がデザインして、どこの活字会社から何年頃発売されて、どういうところによく使われるのか、さらにどの本のどこにそれに関することが書いてあったかはだいたい頭の中にはいっているのが理想的です。またコンピュータのことも少しは知らなくてはいけない(この点私は不勉強だと思っています)。その他にはバランス感覚です。自分の書体ばかり作るわけではないので、他のデザイナーの個性を活かしながら、しかも書体として(ときにはその個性をやや殺しぎみに)まとめていく必要があるからです。
昔は書体はどこから手に入るかだいたい決まっていた。いまは私も知らないデザイナーがパッと出てきて、しかもいいものを作っていたりする。ファミリーで数万円もするフォントも、無料のフォントもある。面白い、しかもいい時代です。前にも書きましたが、たったひとりでも大きなファミリーを完成させることができるのです。そういうところから言えば、書体デザイナーになるなら今を逃す手はない。金銭的にはあまり良くないかもしれない、でも貧乏覚悟で試す価値はありますよ。そんなことを言うくらいですから将来については深くは考えていません。
いま日本にいる人は、欧文に少しでも興味があるなら日本を飛び出してください。それが最良の方法とは言わないが、少なくとも早くいろんなことに気付きます。
問い手:鈴木 功(2002年12月30日)
私は、小林さんのドイツ行きに最もショックを受けた者の一人である。AXISフォント第一幕の作業はあらかた終えていたものの、次の幕を小林さんと共に開けることができなくなってしまったのだ。しばらくは途方に暮れた。
欧文書体設計家としての技倆と、仕事に取りくむ姿勢以外に、私にはもうひとつ小林さんから学んでいたことがあった。家庭と仕事との融通のつけ方である。一問一答でご家族に対する思いを尋ねてみたのもそんな理由による。小林さんの朝はめっぽう早く、仕事もめっぽう早かった。そうやって仕事から融通された時間はといえば、子供さんと過ごす時間にあてられていた。「(家族は)すべての力の源です」
小林さんの送別会の色紙に私はこんなことを書いた。「フリーの子育て参加型タイプデザイナーとして、小林さんは心の支えでした」
途方に暮れたのは、仕事のためだけではなかったのかもしれない。
(2003年2月 鈴木 功)

1960年新潟市に生まれる。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科卒業。
1983年から約6年間株式会社写研で写植用文字デザインを担当の後、欧文書体の基礎を学ぶ必要を感じて退社する。
1989年から約一年半のあいだ英国にロンドンにてカリグラフィの勉強をするかたわら、図書館などで活字のデザインやタイポグラフィについて学ぶ。
1990年に帰国の後、有限会社字游工房でデジタル書体「ヒラギノ明朝体・ゴシック体」の制作に参加し、1993年の秋に株式会社タイプバンクに入社。約三年のあいだにタイプバンクの全書体の欧文を制作する。
1997 年にフリーランスとなる。ニューヨークの International Typeface Corporation との契約で同年春に 4 ウェイトの本文用/見出用書体ITC Woodland が発売され、以来海外の書体メーカーの書体制作を中心におこなっている。
1998年に視覚的な大きさのファミリー展開を試みた本文書体 Clifford が米国のコンペティションで本文部門1位・最優秀賞を同時に受賞する。998年から行なわれているニューヨークのType Directors Club の優秀書体選定コンペティションでは4 年連続で賞を受賞する。
2000 年にドイツのLinotype Library 社(現Linotype社)の書体コンペティションで本文部門1位を受賞する。
1998年から2001年まで専門学校日本デザイナー学院講師。2000年秋から2001年まで印刷博物館の活版印刷工房で働く。
2001 年春より、Linotype Library 社(現Linotype社)の Type Director としてドイツに渡る。主な職務は、書体デザインの制作指揮と品質検査、新書体の企画立案、書体コンテストなどの際の書体の選定、コーポレート書体の提案と制作、など。




















































































