AXISフォント制作記録
1. AXIS TYPE PROJECTの背景
AXISフォントの構想は、欧米で実現された二つの書体プロジェクトの成果に触発されました。ひとつは、フランスの新聞『ル・モンド』紙の新書体プロジェクト、もうひとつは、ドイツのデザイン誌『form』の書体プロジェクトです。
1-1. フランス『Le Monde』紙のリニューアル
1997年、タイポグラフィの関係者が一堂に会する、ATypI(国際タイポグラフィ協会)主催のイベントに参加しました。初日のランチ会場で、私の向かいに座った人は、ジャン・フランソワ・ポルシェというフランスの若手タイプデザイナーで、挨拶がわりに彼は瀟洒なリーフレットを手渡しました。そのリーフレットには、『ル・モンド』紙のために彼がデザインした書体の見本と『ル・モンド』紙のリニューアルに関する記録がまとめられています。『ル・モンド』紙は、フランスのクオリティペーパーで、日本でいえば朝日新聞といったところでしょうか。彼はその大手新聞社に、『ル・モンド』紙をリニューアルさせるべくデザインした書体を持ち込んだのです。この『ル・モンド』プロジェクトのことは、しばらく私の頭を離れませんでした。
1-2. ドイツ『form』誌のリニューアル
朗文堂発行の『文字百景』9号、 "reform of form" (白井敬尚 著)には、『form』誌のニューアルにおける書体開発の経緯が紹介されています。『form』誌は、1957年に創刊されたドイツのデザイン誌で、1995年に大がかりなリニューアルをおこないました。リニューアルについて記録をまとめた『reform』というユニークな号も同時に刊行されています。『form』誌のリニューアルには、『ル・モンド』のようにまったくのオリジナル書体が用意されたわけではありません。Frutigerという既存の書体に、『form』誌本文用の新たなウエイトを追加したのです。書体の骨格に変化はありませんが、「字間と行間を広く取り、全ページにわたるラギッド組みを採用したことにより、全体の紙面が明るく軽やかになった」と白井氏は感想を記しています。白井氏はまた、「活字印刷創世期から今世紀初頭まで、このように一つの書籍、雑誌、新聞などに、専用の書体を開発し用いることは、ごくあたりまえのようにというか、むしろ普通のように行われていたことである。William Morrisのgolden type, Stanley Morisonのtimes new roman, Bruce Rogersのcentaur, Giovanni Mardersteigのdante しかりである」とも指摘しています。私も白井氏の指摘をもとに、欧米における専用書体の開発の歴史を調べてみました。
参照:欧文タイププロジェクトリスト
1-3. 欧米の専用書体開発史
おおざっぱに調べただけでも、欧米で開発された専用書体はずいぶんあるものです。ただ厳密にいえば、専用書体といっても、目的とする媒体で使用されたのちに、オープンマーケットへ出される例が多いことは指摘しておいたほうが良さそうです。それには二つの理由が考えられます。ひとつは、オープンマーケットから使いたいという要望が多いというケース。もうひとつは、開発資金を賄うために、オープンマーケットへ出すというケースです。おそらくは後者が主な理由でしょう。しかし、むしろ完全なエクスクルーシヴ(限定された)フォントのほうが稀だといえるかもしれません。エクスクルーシヴ・フォントは、使用媒体が限定されているという性格ゆえに、その存在を知られることはあまりありませんが、いわゆるコーポレート・フォントというものを、エクスクルーシヴ・フォントの一例と考えても良いでしょう。
1-4. 日本のエクスクルーシヴ・フォント
日本にも、エクスクルーシヴ・フォントの好例として新聞用書体があります。朝日、読売、毎日、すべて自社開発による自社専用書体です。それから、岩波書店とともに歩んできた精興社という印刷会社も自社専用の書体を持っています。その書体は、精興社タイプと呼ばれ、書籍印刷用の本文明朝として現在でも精興社の印刷物にのみ使用されています。他にも日本のエクスクルーシヴ・フォントの例として、三省堂の辞書用書体などがありますが、欧米に比べて専用書体の事例は極めて少ないといえるでしょう。
1-5. 1990年代の欧文タイププロジェクト
欧米では、FontographerやFont Studioなどのアプリケーションが登場し、1990年代に入ってからの個人のタイプデザイナーによる専用書体の開発には目覚ましいものがあります。なかでも、デジタルタイプの開発とWebでの販売をこなす、ジョナサン・ホフラーとジャン・フランソワ・ポルシェの仕事ぶりは目をひきます。ジョナサン・ホフラーのクライアント先のリストなどは質量ともに圧巻です。先のジャン・フランソワ・ポルシェは、ル・モンド書体に続き、パリの地下鉄案内表示用の書体も手がけています。しかし、こういう種類のプロジェクトがいつも成功するわけはなく、人知れずお蔵に入った書体も数多く存在することは間違いありません。上記のリストのなかには、プロジェクトそのものが頓挫しても、小売り用のフォントとして大いに成功をおさめたMetaのような例もあります。