こうして、「Le Monde」紙と「form」誌における書体開発の経緯を知って以来、書体を使った媒体の刷新というアイデアに私はとりつかれました。その当時、1998年ごろの日本のフォント業界では、小売り用のフォントはビジネスにならないという声がよく聞かれ、実際に多くのフォントベンダーは、積極的に書体を開発しなくなっていました。
1998年10月、あたためていたアイデアのうち、実現の可能性が高いプランを選択し、練り上げる作業に入りました。1999年3月、AXISフォントのプロトタイプを持って、私はAXIS社を訪れました。
最初に応対に出てくださったのが、当時「AXIS」誌のアートディレクターをつとめていた大田浩司さんです。私の持っていった書体のプロトタイプを見ているあいだ、ほとんど会話はありませんでした。それから30分ほど遅れて、当時プロデューサー兼アートディレクターだった宮崎さんが現れ、ざっと見たかと思うと、おもむろに携帯を取り出し、「おもしろいものがあるから見にこない?」と、企画の田畑さんを呼びました。お三方とも書体には強い関心を持っていることが分かり、私は気を大きくして帰途につきました。
「AXIS」誌の歴史に簡単にふれておきます。
| 1981年 | 株式会社アクシス設立。「AXIS」誌創刊 |
| 1986年 | 「AXIS」誌に部分的にDTPを導入 |
| 1990年 | 「AXIS」誌に英訳の冊子が用意される |
| 1992年 | 42号でPage MakerによるフルDTPを導入。全面的なバイリンガル表記化 |
| 1995年 | 56号で隔月化にともなうリニューアル |
| 1997年 | 70号で「AXIS」誌をリニューアル |
1997年の大がかりなリニューアルまでに、少なくとも四度のリニューアルが「AXIS」誌ではおこなわれています。そのたびにグリッドシステムや書体の設定などにチューンナップを施し、誌面の完成度を上げる作業をくり返してきたと大田さんは教えてくれました。「AXIS」誌で、初めて新ゴシックが使用されたのが1994年のこと。新ゴシックがPSフォントでリリースされたのが1993年ですから、はやい時期に新ゴを採用したといえそうです。ヒラギノ明朝もこの年にリリースされています。新ゴ採用以前には、ツデイやロダン(旧バージョン)などがゴシック体では使用されていました。余談ですが、新ゴは1990年に写植書体としてデビューしていますが、ゴナがあまりにも普及していたために、発売当初はそれほど売れなかったようです。新ゴが爆発的に使われるようになったのは、PSフォントとしてリリースされてからのことでしょう。
2001年9月、「AXIS」誌がちょうど20周年を迎えるということで、AXISフォントの完成目標をそこにおくことにしました。















































